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#29 トルコセミナー訪問先②カッパドキア(その1)【トルコ滞在記】

更新日時:2022年11月18日

#29 トルコセミナー訪問先②カッパドキア(その1)【トルコ滞在記】

気球から見下ろしたカッパドキア



#29 トルコセミナー訪問先②カッパドキア(その1) (2014年12月6日)

カッパドキアは日本でも有名で、日本人観光客には特に人気があります。

カッパドキアもユネスコの世界遺産に「複合遺産」として登録されています。「複合遺産」とは「自然遺産」の要素と「文化遺産」の要素を併せ持つものです。

あのカッパドキアの奇岩風景を写真などで見ても「自然遺産」の要素は納得できるでしょう。近くのエルジェス山の噴火によって堆積した火山灰や溶岩が、長い年月にわたって風雨によって浸食された結果できた不思議な風景で、今でも時間の経過とともにその姿を変化させています。

では「文化遺産」の要素とは?
日本人はここまではあまり知らない人も多いのですが、紀元4世紀ごろからキリスト教の修道士たちがこの岩山に洞窟を掘って住み始めました。さらには洞窟内に教会を作り、壁画を描き、信仰の場所にもしたのです。


岩にはたくさんの洞窟が

「トルコ=イスラム教」というイメージが強いのですが、イスラム教がこのアナトリア(現在のトルコの大部分を占める地域の名前)に伝わってくる前には、キリスト教が伝わっていたことを忘れてはいけません。(イスタンブールにもキリスト教ゆかりの場所は数多くありますし、私が現在滞在しているコンヤという街もパウロが伝道に訪れた街です。)


今でも色鮮やかなフレスコ画が残っています

ちなみにかの有名な日本画家である平山郁夫さんは、カッパドキアの洞窟内の壁画を見て、異国の文化と日本の文化との違いや共通点に気づかされ、その後のシルクロードをたどる作品群製作のきっかけとなったのだそうです。平山さんはカッパドキアをはじめイスタンブールの風景など数多くのトルコの絵を残しています。
またキリスト教時代のさらに前にはこの一帯にはヒッタイト帝国が栄えていました。世界史でも勉強しますね。
カッパドキアから北へ行ったところにヒッタイト帝国の都だったハットゥシャシュ(トルコではボアズカレ)があります。ヒッタイト帝国は鉄製武器に馬と戦車で広大な領土を支配しました。その鉄はカッパドキアからも産出されたのであり、カッパドキアに来ると赤い色をした岩壁を目にすることができます。その赤は鉄鉱石の色なのです。


夕暮れ時にはいっそう真っ赤に染まるローズバレー


トルコ・セミナーでは、カッパドキアでは雄大な絶景とともに、イスラム教が伝わる前のキリスト教世界や古代世界も感じてほしいと思います。




※本連載は、2014年~2015年にかけて掲載していた記事の復刻になります。
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