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【校長室より】卒業の季節、『犬がいた季節』

更新日時:2021年3月8日

【校長室より】卒業の季節、『犬がいた季節』

卒業の季節、『犬がいた季節』


2021年の本屋大賞候補にも選ばれている伊吹有喜さんの『犬がいた季節』(双葉社、2020)。本書は、伊吹さんの母校である三重県四日市市の進学校を舞台に、実際に学校で飼われていた白い犬を中心に、卒業を控えた高校3年生を登場人物として、地元や都会の大学に進学する彼らの揺れ動く気持ちを描いています。


『犬がいた季節』は、昭和63(1988)年から平成11(1999)年までの11年間の5つのエピソードと令和元年の最終話から構成されています。学校に迷い込んだその犬は、第一話で美術部員でパン屋の娘の塩見優花と美大志望の早瀬光司郎によって「コーシロー」と名付けられ、生徒たちが交代で世話をすることを条件に学校に住むことになります。優花は実家から通える地方国公立を受験するか、東京の私大を受験するかで心が揺れています。


優花が卒業してしまった平成3年の第2話では、コーシローは「ユウカ」の香りをかすかに求めながら、毎日違った生徒にドッグフードをもらって生活しています。まるで人間の言葉がわかるかのようなコーシロー。文中コーシローの視点からストーリーが進行したり、その時の高3生徒のエピソードが語られます。そして第5話では、11年この高校で過ごしたコーシローは地元の十四川の桜の香りに「ユウカ」の思い出を重ねながら、ほとんど一日中寝て暮らしています。「卒業後もときどき顔を出してくれることもあるが、ほとんどの生徒は二度とここには現れない」と思っていたコーシローは、桜の季節が終わり、新学期が始まったときに、母校に英語教員として赴任してきた塩見優花と再会するのです。ここでは、子どものころにあこがれていた塩見パン店のお姉さんだった優花と、高3の中原大輔とのそれぞれの家族を巡るストーリーが展開します。


最終話は第5話から20年経過した開校100周年の祝賀会場。48歳になった優花は一度は退職した母校に再就職し、教員として祝賀会に参加しています。卒業生の話題は今や海外でも注目されている画家早瀬光司郎。離婚を経験している優花は来場者に囲まれている光司郎を遠くからまぶしくながめるのでした。早瀬が学校に寄贈した絵のタイトルは「犬がいた季節」、大勢の生徒たちに囲まれてコーシローは当時の美術教師とともに中央に描かれているのでした。


どの年代も桜の咲く春に始まり、翌年卒業の時を迎えます。第5話には最終話の伏線ともなるコーシローと優花を巡るエピソードが描かれています。それは本書を読んでのお楽しみ。昭和と平成の境目の年に始まったこの作品は、浜田麻里、氷室京介、プリプリ、山下達郎、牧瀬里穂、宇多田ヒカルにドリカムなどその時代に流行った曲と社会事件も追いながら、地方都市に住む高校3年生の複雑な気持ち、青春の輝きと不安が描かれ、11年間を高校で過ごしたコーシローの一生と重ね合わせて鼻の奥がツンと痛くなるような連作短編集です。