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【校長室より】コミック版『戦争は女の顔をしていない』

更新日時:2020年10月5日

【校長室より】コミック版『戦争は女の顔をしていない』

コミック版 『戦争は女の顔をしていない』

ベラルーシの作家であるスベトラーナ・アレクシエービッチが著した『戦争は女の顔をしていない』1984年に執筆され、『ボタン穴から見た戦争』1985)、『チェルノブイリの祈り』1997)などの社会・政治的テーマの作品によって、彼女は2015年にジャーナリストとして初めてノーベル文学賞を受賞しました。日本語訳は2008年に群像社から出版され、2016年に岩波書店(岩波現代文庫)から新たに刊行されましたが、そのコミック版が20206月に出版(KADOKAWA)され、約一ヶ月で10万部も販売されたということです。(画:小梅けいと)

 

原作はアレクシエービッチが雑誌記者をしていた30代の頃に取材した、500人もの女性たちの証言を集めたドキュメンタリー文学です。ソ連では第二次世界大戦の独ソ戦争に従軍した女性たちが100万人もおり、戦時の女性の主な役割としての看護師以外に、多くの女性たちが兵士として武器を手に敵と戦いましたが、戦後はその体験を人に語ることなく隠し通してきたということです。

 

原作の冒頭に書かれた「執筆日記」(1978年から1985年)にはこのように書かれています。(戦争について)「書いていたのは男たちだ。わたしたちが戦争について知っていることは全て『男の言葉』で語られていた。わたしたちは『男の』戦争観、男の感覚にとらわれている。男の言葉の。女たちは黙っている」。そこでアレクシエービッチは「その戦争の物語を書きたい。女たちのものがたりを」と書いています。彼女は戦争に参加した女性たちから話を聞いてそれをまとめることにします。「驚いたことに、話を聞いた女性たちの軍務は、衛生指導員、狙撃兵、機関銃射手、高射砲隊長、工兵など。その人たちが今は、会計係、研究員、ガイド、教師をやっている」。こうして女性たちはジャーナリストであるアレクシエービッチの前で自分の体験を誰かほかの女性のことであるように語り、彼女たちの物語は「人間の顔をもつように」なりました。彼女は執筆を終えても厳しい検閲にあって2年間は出版できず、ゴルバチョフのペレストロイカ(改革)が始まった1985年に出版されるや200万部が売れたといいます。

 

原作では31章からなる本書ですが、コミック版は第一話から第7話まであり、それぞれ一人か二人の女性の体験が描かれています。戦争で大きな役割をした洗濯部隊の女性たち、一人のドイツ兵を撃ってからは何人殺しても憐みの気持ちは起きなかったという狙撃兵の上級軍曹など。戦闘に参加したのは10代から30代の若い女性たちであり、女性用の下着はおろか生理用品すら支給されなかったという壮絶なピソードが描かれ、女性たちの苦悩が語られます。

 

19864月にベラルーシ国境近くのチェルノブイリ原子力発電所が爆発し、原子炉と建屋が崩壊して死者4000人とも9000人ともいわれる20世紀最大の惨事が起きました。「戦争ではベラルーシ人の四人に一人が死んだが、今日ではわが国の五人に一人が汚染された区域に住んでいる。その数は210万人で、そのうち70万人が子どもである」。(『チェルノブイリの祈り』、事故に関する歴史的情報)アレクシエービッチはベラルーシの子どもからお年寄りまで職業もさまざまな300人の人々にインタビューし、彼らが経験したことをまとめました。

 

市井の人々の証言をまとめて出版したことに対して、アレクシエービッチは全米批評家協会賞ノンフィクション部門をはじめドイツ出版協会平和賞などを受賞しますが、祖国ベラルーシでは彼女の著作は「外国で著作を出版して祖国を中傷して金をもらっている」と批判する独裁政権の言論統制により出版されず、彼女は一時祖国を離れますが2011年には帰国しています。ノーベル文学賞を受賞後の201611月には来日して福島県を訪問、福島第一原発事故を視察しています。

 

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202098日の『朝日新聞』には次のような記事が掲載されました。

 

「大統領選での不正疑惑で退陣要求を受けるベラルーシのルカシェンコ大統領が反政権派の締め付けを強めている。政権との対話を目指す『調整評議会』執行委員7人のうち6人が拘束されるか国外へ出国した。残ったのはノーベル文学賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチ氏(72)のみとなった。政権はロシアの後ろ盾を得て自信を深めており、デモ参加者の拘束も急増している。」 

 

唯一国内で拘束されずに残った氏の談話として「我々が排除されても代わりに大勢の人がいる。調整評議会ではなく、国全体が立ち上がったのだ」と述べ、自らの拘束も近いとの危機感をにじませているといいます。

 

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「ベラルーシ」、「チェルノブイリ原発事故」、「ルカシェンコ大統領」について皆さんはどれぐらい知っていますか?