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【校長室より】コロナ禍の『若草物語』(1)―ストーリー・オブ・マイ・ライフ、わたしの若草物語

更新日時:2020年8月24日

【校長室より】コロナ禍の『若草物語』(1)―ストーリー・オブ・マイ・ライフ、わたしの若草物語

(1)『若草物語』の最新映画作品の公開
2019年12月25日のクリスマスに、今まで何度も映画化・アニメ化されてきたルイザ・メイ・オルコット(Louisa May Alcott 1832~88)作の『若草物語』(Little Women, 1868、69)がアメリカで公開されました。監督は『レディー・バード』(2017)でアカデミー賞監督・脚本賞にノミネートされたグレタ・ガーウィグ(Greta Celeste Gerwig 1983~)。4姉妹の次女である主人公ジョーを演じるのは『レディー・バード』で主役のレディ・バードを演じたシアーシャ・ローナン。「プレゼントのないクリスマスはクリスマスとはいえないわ」という有名な台詞から始まる原作『若草物語』はクリスマスにぴったりの作品ですが、それまでの映画作品が原作同様にクリスマスの場面に始まるのに対して、新作は作家志望の次女ジョーが「友人」に頼まれたといって自分で書いた原稿を出版社に持ち込む場面から始まります。この冒頭場面から、ガーウィグ監督による新作は今までとは異なることがわかります。SFXを駆使した壮大なSF映画やアメリカンヒーローが大活躍するハリウッド映画が人気を博する中で、アメリカ児童文学の古典ともいえる『若草物語』のリメイク版がヒットするのだろうかというわたしの心配をよそに、「ガーウィグ監督は新しい『若草物語』を作り出した」「怒りは女性が持つべき権利だということを表明している」など封切り直後の各紙はどれも監督の強いメッセージを肯定する批評を載せました。ジョー以外の配役も個性的で、長女メグには「ハリー・ポッター』シリーズで人気を博したエマ・ワトソン、母親マーミーには『スターウォーズ:最後のジェダイ』にも出演したローラ・ダーン、そしてマーチ伯母様にはメリル・ストリープが存在感を表しています。



フランスの作家ボーボワールを筆頭に、アメリカの政治家ヒラリー・クリントンやマデレーン・オルブライト、作家のアーシュラ・ル・グイン、「ハリー・ポッターシリーズ」を書いたJ.K. ローリングなど、欧米の女性作家・政治家がこぞって愛読書にあげるのに対して、男性作家や政治家からはほとんど無視されている作品がこの『若草物語』なのです。19世紀半ばにベストセラーになってから現在に至るまで、欧米の女性なら誰でもが子どものころに必ず読むのが『若草物語』。アメリカを二分した南北戦争(1861~65)を背景に、北軍の従軍牧師として戦地に赴いた父親不在の家庭を守る母と4姉妹の成長物語です。戦時中ということでぜいたくは慎まれ、上流階級にあこがれを持ちつつも、父の教えを守りながら貧しい人々のために尽くそうという4姉妹の生き生きとした様子と彼女たちの成長が描かれます。この本は作者オルコットの半自伝的な作品ということはよく知られていますが、主人公のジョーはPart 2の最終章でこの本のタイトルと同じ『若草物語』という自分の家族を描いた本を完成して、彼女の作家人生がスタートすることが予感されます。何度もこの本を読み返した少女たちは、自分を4姉妹の誰かに投影しつつ、作中のどんなエピソードも直ちに思い出すことができるでしょう。わたしもアメリカを訪れた際には東部マサチューセッツ州のコンコードにあるオルコットの生家を訪ね、19世紀半ばにこの地で活躍した、オルコットと父ブロンソン・オルコットを含む超絶主義の作家たちに思いをはせたものでした。



『若草物語』の映画化は主要なものを挙げると、大恐慌直後の1933年にジョージ・キューカー監督がジョーにキャサリン・ヘップバーンを起用し、第二次世界大戦直後の1949年にマーヴィン・ルロイ監督が、ジョーにジューン・アリソン、エイミーに当時17歳のエリザベス・テイラーを配して話題になりました。二作とも暗い世相を吹き飛ばす心温まる家族の絆が強調される作品です。そしてジリアン・アームストロング監督による1994年の『若草物語』は、監督をはじめスタッフや出演者を女性が固め、ジョーをウィノナ・ライダー、母親をスーザン・サランドンが演じ、キルトや装飾品など室内の細部に至るまで19世紀半ばのアメリカを思わせる美しい映像で高い評価を得ました。キューカー監督とルロイ監督の作品は主に『若草物語』のPart 1である姉妹の青春時代を描いているのに対して、70年代の第二波フェミニズムを経たアームストロング監督の作品は、ジョーの作家修行とそれに続くベア先生との出会いから、彼女が作家として一家の物語を完成するまでというPart 2にも重点を置いています。



このように有名監督による人気女優を配した映画が何作も公開されている中で、ガーウィグ監督がどのような作品を作るかは公開前から注目の的だったといいますが、自身も女優である37歳の監督の脚本は、今までのアプローチとは全く異なるものでした。ガーウィグの『若草物語』は、原作の時系列どおりにストーリーが進行するというより彼女の脚色であり、作家志望のジョーの視点を通して、子ども時代の思い出の場面が次々と挿入され、ジョーが次第に作家として『若草物語』を完成していく経過が描かれています。脚色でありながら、本作では誰もが知っている原作のエピソードがほとんどもれなく入っているところが興味深い。この本の愛読者の少女たち、あるいはかつての少女たちにとって自分たちのよく知っているエピソードは、『若草物語』に対する親しみをさらに増す役割を果たしたでしょう。舞踏会に着ていくドレスがなくカーテンの後ろに隠れていたジョーと引っ込み思案のローリーとの出会い;姉妹一家とローリー、そして彼の祖父ローレンス氏との家族ぐるみの交流;観劇に連れて行ってもらえなかった腹いせにジョーの大切な原稿を燃やしてしまうエイミーと、湖の氷が割れて溺れそうになるエイミー;ジョーに振られて生きる目的を失ったローリーと彼に愛想をつかすエイミーとの欧州での出会い;ベア先生に原稿を批評されて頭に来て原稿を燃やしてしまうジョー;戦地で病気になった父の看病に出かける母に髪の毛を売ってお金を作るジョーなどのエピソードですが、男勝りのジョーの口癖であり、ジューン・アリソンのジョーが使っていた“Christopher Columbus”(これはたまげた!)も本作で再現されています。



さまざまなエピソードがフラッシュバックのようにつなぎあわされているガーウィグ監督の『若草物語』ですが、過去の映画では一つのエピソードとして扱われているベスの病気と死がこの物語を大きく動かす要因ともなっています。父不在の家計を助けるべくセンセーショナルな短編を書いて小遣い稼ぎをしていたジョーが、自らの死を察したベスの「自分たち姉妹の物語を書いてほしい」という遺言とも思える言葉によって、邦題にもなっている「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」(わたしの物語)を書く決心をします。



次週(8月31日)へ続く