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【校長室より】BLACK LIVES MATTER

更新日時:2020年6月12日

【校長室より】BLACK LIVES MATTER

BLACK LIVES MATTER (黒人の命こそ軽んじてはならない)

5月ミネソタ州ミネアポリスで起きた、白人警官が黒人ジョージ・フロイドの首を押さえつけて窒息死させたという事件以来、人種差別撤廃を訴えてアメリカ全土に広がった抗議行動はヨーロッパ各国にまで広がりを見せています。デモ隊が手に掲げているのは“BLACK LIVES MATTER” というプラカード。「黒人の命は大切だ」「黒人の命こそ大切にしなくてはならない」という意味です。LIVESLIFE(命)の複数形。もともとこの言葉は2013年に起きた白人警官による黒人少年射殺事件を契機に始まった人種差別撤廃運動を指します。このように白人が無抵抗な黒人を射殺し、それが暴動にまで発展するという事件は今始まったことではなく、多民族国家アメリカが抱える根深い人種問題が、現代にまで引き継がれているという事実なのです。

 

TOP写真の缶バッジはアメリカ人の友人スーザン=ロリ・パークス(Suzan-Lori Parks)からもらったもの。彼女は2002年に黒人女性初のピューリッツァ賞(戯曲部門)を受賞した人です。彼女の著作を日本に紹介するために連絡を取り合っているうち、友人と一緒にニューヨークの彼女の自宅に招かれたときにこのバッジを手渡されました。白人男性劇作家が中心のアメリカ演劇界において、40歳そこそこの黒人女性が賞をとったことは画期的でした。1950年代の公民権運動の第二・第三世代として、黒人と女性というダブルのハンディを乗り越えて、みずからのアイデンティティを掘り下げた作品でさまざまな賞を受賞したパークスだからこそ、建国以来繰り返される黒人差別に対して人一倍敏感だったのだと思います。

 

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1607年にイギリス人が東海岸のバージニア州に植民を初めてまもなく、黒人は労働力としてアフリカから連れてこられました。南部プランテーションで働かされていた奴隷は19世紀半ばまでに400万人にも達したといいます。彼らは人権が認められないまま家畜のように売買され、奴隷制度存続を巡ってアメリカを二分した南北戦争が起きます。戦争終結により黒人には公民権が、男性の黒人には参政権が与えられました。自由になったとはいえ黒人たちには「分離すれども平等」の名の下に人種隔離政策がとられ、公共交通機関や学校や図書館のような公共機関、レストランから水飲み場やトイレに至るまで、白人と黒人は別々の施設を使うように命じられます。白人の黒人に対する人種差別は依然として続き、ほんとうの意味で黒人が公民権を獲得するのは1950年代半ば以降の公民権運動まで待たなくてはなりませんでした。この運動は1955年のローザ・パークスによるバスボイコット事件を契機にキング牧師によるワシントン大行進で最高潮を迎え、1964年に公民権法が制定されて、法律上の人種差別は終わりを告げます。しかし、60年代以降白人警察官による黒人公民権活動家に対する暴力事件、白人至上主義団体KKKによる黒人迫害はおさまらず、キング牧師暗殺を引き金に全米各都市で人種を巡る衝突は激しさを増していきます。

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白人警官による黒人の不当逮捕が大きくクローズアップされたのは1991年のことでした。スピード違反で現行犯逮捕されたロドニー・キングが、白人警官から暴行を受けた様子が偶然撮影されて全米に放送されたため、警察の対応に批判が集中します。しかし、一年後に無罪判決を受けた白人警官に対して黒人社会から激しい抗議活動が起き、ロサンゼルスの韓国系商店街も巻き込んで約一ヶ月間にわたって略奪や放火が起き、死者60人を含む約3000人の負傷者が出ました。これがロス暴動ですが、どうしてこのように繰り返し同様の事件が起きるのでしょうか。

 

1775年の独立当初白人は全人口の8割を占めていましたが、19世紀半ばにラテンアメリカ、ヨーロッパ、中国からの移民が急増し、2014年には62%だった白人の割合は2060年には43%にまで落ち込むことが予想されています。つまりアメリカはWASP(White Anglo-Saxon Protestant)に代表されるかつては多数派だった白人たちは、彼らの総人口数がラテン系、アフリカ系、アジア系移民の人口数と逆転することへの危惧があるのです。一般に少数派というとWASP以外の民族を指しますが、女性や障がい者なども含まれ、様々な軋轢は今はまだかろうじて多数派である白人男性の力の誇示の結果でもあるようです。しかし60年代から70年代以降の公民権運動や第二波フェミニズムを経て、例えばディズニー映画などのメディアでもアフリカ系や女性の権利を認めるようになってきたのです。

 

ジョージ・フロイド殺害では、実際に手を下した警官とそれを見て見ぬふりをした同僚警官も逮捕されましたが、今回は、多くの貧しい黒人が犠牲になったコロナ禍があったことも事件の要因の1つといわれています。全米では感染者が42万人、死者は1万4000人、ニューヨーク州では感染者14万人、死者は6000人ということですが、ヒスパニックと黒人の死者は白人の倍だということです。その理由は、潜在的にこれらの人々は職業、教育、収入、健康不安など社会の不平等を反映しているうえ、郊外より密集した都会で生活し、自家用車より公共交通機関を利用し、テレワークの出来ないエッセンシャルワーカー(医療従事者や介護士だけでなく公共交通機関職員、スーパーやドラッグストア店員、配達員、清掃員など、遠隔ではなく日常生活に不可欠な役割を担う人々)が多いことにも原因がありそうです。

 

デモに参加した多くの人々は、無実の黒人の死を暴力によって抗議することの無意味さをアピールし始めています。アメリカの人種問題は性差別反対運動#Me Too(私も性差別を受けた。泣き寝入りせず声を上げよう)のような運動とは異なる、複雑な歴史的背景を理解せずには簡単に判断出来る問題ではないのです。