大妻多摩中学高等学校

第17段

大妻多摩中高英語科田辺のレビュー欄です。

「天使はなぜ堕落するのか 中世哲学の興亡」 八木 雄二著 (春秋社)

ヨーロッパ中世哲学というとトマス・アクィナスに代表されるようなスコラ哲学を思い浮かべ、日本人にはまるで関係のないものと考えられがちですが、「神の存在証明」という信仰と論理の二つを無理矢理にでも総合しようとしてきたヨーロッパの知性から近代科学の思想が生じたと考えれば、全く関係ないとも一概には言えないのかもしれません。

しかし、それでも一般的には日本の中世さえあまり関心が持たれない現状で、何故ヨーロッパ中世哲学なのか、と考えると、ヨーロッパの近代以降の思想が世界的な影響を持ったことと、それを生み出した発想を考えることで、ヨーロッパとは何か、が端的にでも理解可能になるかもしれないという希望があるからでしょう。
例えば、「神の実在」といっても日本人にはまるで何か分かりませんが、古代ギリシア以来ヨーロッパでは存在論と認識論の攻防があり、それは現代でも連続しています。例えば20世紀に流行った言語学や心理学は認識論の側からの論理で人間を把握しようとする試みです。神が存在するかどうかは信じている人には自明でも、信じていない人に説得力を持って論理的にそれを証明することが中世では行われたのです。

存在論というと難しく聞こえますが、実はヨーロッパの言語ではbe動詞を巡る議論がこの存在論の根拠になります。A=Bを表すbe動詞(AはBである)と、A=?(Aはある、いる)というbe動詞のように、同じbe動詞なのに補語を必要としたり必要としなかったり、はたまたThere is, There areのように主語がないままbe動詞が使用され存在を表すことが出来るように、言葉上で「ある・いる・~である」ということがヨーロッパの言語では問題になります。それを巡る議論が神学にも引き継がれ、さらに現代にまで存在論は議論されています。
神に関する命題を様々な神学者が様々な思想の影響を受けつつ論理的に積み上げていく作業は読んでいて非常に、実に興味深い… 世界史を受講している人や、キリスト教に興味がある人は将来是非読んでみて下さい。

ちなみに僕は学生時代、「新プラトン主義」「グノーシス思想」「錬金術」「占星術」等に関心があり、ヨーロッパ中世の人々の世界観(プトレマイオスの世界図を素にした世界観)や思想(スコラ哲学)に多少なりとも接触してきたので、大変面白く読むことが出来ました。
どうでもいいようなことを論理的に議論を積み重ねていく、という作業に関心がないと読むのが大変な本でもあります。文系の屁理屈好きにお勧め。

英語科 田辺