大妻多摩中学高等学校

第29段

大妻多摩中高英語科田辺によるレビュー欄④です。

 「ヒップホップはアメリカを変えたか?―もうひとつのカルチュラル・スタディーズ」
S・クレイグ・ワトキンス著 (フィルムアート社)

 「ヒップホップ」という文化現象は誕生から30年以上が経ち、ここ日本でももはやポップミュージックの中でその現象の一部である「ラップ」や「ダンス」等が過度に販売・消費されるようになっていますが、この本は経済における表面上の消費財としての「ヒップホップ」を扱うのではなく、著者が社会学者であり尚かつ日本語の副題にもうひとつのカルチュラル・スタディーズとあるように、文化現象を総体的に捉えたものです。

 単なる消費財として「ヒップホップ」が理解された場合、それは流行り廃りの激しい文化消費経済の中でファッションと同様の扱いをされる可能性が高いのですが、ニューヨーク(大都会)の貧民街で若者達が試行錯誤を繰り返しながら手作りで様々な手段を駆使して深化させ、それが世界的に支持され拡散した文化現象の総体として「ヒップホップ」を考えた場合、支配的な文化に対するカウンターカルチャーとしてだけでなく、自らの主張を伝える手段として政治的・社会的な意味も持ち、アメリカの持つ様々な社会問題に目を向けそれを改善させる推進力にもなり得ることをこの本は伝えています。

 もちろん経済的な成功を収めた結果、この文化が商業主義的になり、それがこの文化を保守的なものへと変化させる結果になることも批判されていますが、それでも新たな試みが様々な形態で行われていることも同時に描かれています。

 新たな文化を受動的に受け入れることに慣れている私達からすると、ある文化現象が政治的・社会的発言力を持つという事実を受け入れるのに抵抗がありますが、それは文化を消費財として単に消費しているだけであることが理由かもしれません。無から有を生み出すエネルギーは凄まじいものであり、それに情熱を持って多くの人々が関わりながら文化を発展させ深化させる作業(日本ではマンガに関してこれと同様のことが言えるかもしれません)に社会変革の可能性を見出し、それを肯定的に捉え、分析していく作業がアメリカでは文化研究(カルチュラル・スタディーズ)として徐々に認められつつあります。文化とは美術館や博物館に展示されている、ある意味政治的な意図を持って固定されたものだけでなく(これはこれで重要なのですが)、生のエネルギーを持って成長していくものとして考えてみる機会をこの本は与えてくれます。

 文化現象なので矛盾や対立なども含まれていますが、「ヒップホップ」という文化現象を単に音楽・ファッション以外の視点で考えたい人にお奨め。所謂通史(時系列的に歴史を説明してくれるもの)ではありませんが、非常に読みやすい本です。

英語科 田辺