大妻多摩中学高等学校

第37段

 国語科の小野による本の紹介コーナーです。第2回は、渡辺実著『大鏡の人びと』(中公新書830)です。

 ちょうど今、高校3年の授業で『大鏡』「花山帝の出家」を読んでいます。『大鏡』というのはとにかく面白い作品で、個人的に好きな古典作品の一つなのですが、その『大鏡』の持つ魅力をよく伝える一冊が、この『大鏡の人びと』です。

 『大鏡』というのは、平安時代の後期に書かれた歴史物語です。嘉祥3(850)年から万寿2(1025)年までの、藤原一族全盛の歴史を、その頂点に立つ藤原道長の栄華や人物像を中心として書いたものです。大宅世継(おおやけのよつぎ)と夏山繁樹(なつやまのしげき)という二人の老人(年齢なんと190歳と180歳と!)が、対話したり若侍や他の人々に昔話を語ったり、という形で、話が進められています。

 平安貴族というと優雅でなよやかなイメージがあります。しかし、時代が下っていくと、貴族たちも、権力獲得に向かって相当したたかになり力強い行動を取るようになります。『大鏡』の作品世界は、そのような力強い人々を賛美します。権力闘争に勝つためには、時としてダーティーな手段を取る必要も出てきますが、『大鏡』は、そのような非道な振舞いに及ぶことまで含めて、勝者を賛えます。また敗者の方も、負けてなお堂々としている、場合によっては死後に化けて出てくるぐらいの人物を評価します。

 このような、力強く行動する平安貴族の姿を、様々な逸話と旺盛な批評精神とを交えながら描き出している『大鏡』の世界を、渡辺実氏は、《「みやび」「もののあはれ」の時代から「こころたましひ」の時代へ》として、あるいは中世文学の始まりを予告する書として読み取ります。この本を読むと、『大鏡』がなぜ道長を高く評価するのかということが、よく分かります。そしてそれが分かると、二人の老人の対話という物語の形式も、描かれているのが嘉祥3年から万寿2年までのことだということも、必然性のあることだということが分かってきます。もっとも、そのような難しいことを考えなくても、『大鏡』の有名なエピソードをだいたい押さえているこの本は、とにかく素直に面白く読めます。系図を多数載せてあり、複雑な人物関係の把握も容易です(巻末に人物索引がないのが惜しまれます)。

 著者の渡辺実氏は、京都大学名誉教授・元上智大学教授(私の母校にも非常勤講師として出講され、私は大学院生の時に「感情表現の言語形式」という講義を面白く受講しました)。専攻は国語学・国文学で、他に『国語構文論』(塙書房)、『平安朝文章史』(東京大学出版会)などの著書があります。

国語科 小野