大妻多摩中学高等学校

第50段

 掃除中の話である。生徒に教卓の中のゴミを分けるように指示をした。その生徒が1つ1つ捨てるべきものを重ねていたところ、ぼろぼろになったお守りがでてきた。どうするのか見ていると、他の友達に呼びかけ、
「ねぇねぇお守りがあるよ。これは捨てたらまずいでしょう?」
「そうだよね。誰だろう、こんな罰当たりなことしたの? とりあえず、ちゃんと置いとけば!……」
という会話が続く。わたしはこの会話を聞きながら、安心するとともに微笑ましく感じた。この科学技術文明が絶対? の時代でも、宗教心なるものが日常に生きている。無意識であれ、「お守り」に対して一種の霊威を持つという気持ちは大切ではないか。
環境問題が深刻化する現代にこそ、自然への霊威や科学技術では解決できない精神性が注目されるべきだろう。そんなことを考えてしまった。

                                                                井の中の高野聖