大妻多摩中学高等学校

第51段

「The White Man’s Burden」 William Easterly  (Penguin Books)
「傲慢な援助」 ウィリアム・イースタリー著 (東洋経済新報社)

 大妻多摩中高英語科田辺によるブックレビュー⑤です。

 世界銀行で以前勤務していた筆者が、貧困問題がなぜうまく解決されてきていないのかという疑問に答えるべく様々な視点から問題を提起する本です。

 原書のタイトルである「The White Man’s Burden」とは直訳すると「白人の負担」となりますが、この意味は、かつて旧植民地宗主国であった欧米諸国(白人)が、独立後政治的・経済的・社会的混乱に陥った旧植民地諸国の問題を解決するために行う諸処の対応策(負担)であり、またそれが各地域の諸事情をあまり考慮せずに官僚によって一方的に練られた計画のことを指します。それらは問題を解決するべく設定されているにも関わらず、実際には効力を発揮しておらず、その原因としてそれぞれの諸地域の実情を考慮して地域住民の需要を汲み取り、その需要に見合う供給を合理的に提供するというビジネスの世界では当然のアプローチを取らないことにあると説きます。

 発展途上国では多くの人々が貧困に苦しみ、それを救うべく多くの援助が先進国から長年供出されてきていますが、なぜ貧困という問題が解決されないのかという疑問に答えるべく、筆者は膨大な資料を挙げてこれまでの援助の仕組みに問題があることを指摘します。筆者は、あらゆる問題を一挙に解決しようとして理想的な目標を設定する人々を”Planners”、それぞれの地域や実情に沿って必要な物資や需要を見出し供給をしていく人々を”Searchers”と名付け、区別します。前者は先進国の政府や国連等の諸組織を指し、後者はNGOやボランティアなどの人々を指し、主に援助という名の下で前者が行ってきた多くの間違いや誤りの原因を指摘します。

 抽象的で理想的な文面で彩られた”Big Plan”ではなく、寧ろ各地域の事情をよく知る専門家と、その事情に適切に対応できる事業家、それに必要な資金を提供する資本提供者が、ビジネスの世界で行われるのと同様に、貧困問題解決という目標を達成するために競争を通じて協力し、結果に対する説明責任を持つということで、現在よりもよりよい解決策を探っていこうというのが筆者の主張です。

 19世紀から始まる「国民国家システム」(英語ではnation-state system)・一民族一国家という理想の下で欧米諸国は近代国家を創設してきたのに対し、旧植民地諸国は植民された当時から民族間の境界線を考慮されず侵略され、また独立時にはそれぞれの旧宗主国によって恣意的に線引きされた国境を持つ国家に分断されましたが、それにより各国において(特にアフリカでは)国民国家システムが機能せず、多様な民族間の絶え間ない紛争に悩まされ、民主主義国家が成立しにくいことも筆者は原因として挙げます。独裁国家や紛争地帯では民主主義が機能せず、同時に自由市場も成立せず、豊富な資源が無駄に費やされ(軍事費など)、民衆が貧困から抜け出せない。それ故民主主義国家の成立と自由市場の構築が必要であり、先進国は各国の利害関係によって問題がある国家を支援するべきではない、という筆者の指摘は非常に適切ではありますが、現行の世界情勢ではかなり強い国際的な合意の下でしか成り立たないこともまた事実です。

 この本は何かを解決するための答えを提案し与えてくれるものではなく、これまでの援助の仕組みの欠点・欠陥をあぶり出し、より適切な援助の仕組みを各地域の各事情に照らし合わせて一つ一つ考えていこうとするものです。何か答えを出すとそれが定式化されてしまい、新たな別の方向が見失われてしまうことを筆者は恐れています。

 以前紹介したジェフリー・サックスとはまるで違うアプローチを筆者はしていますが、貧困問題に関心がある人は2つを比較して読んでみて下さい。ちなみに原書はペーパーバックで400ページ近くあり、高校生には読むのが難しそうなので、大学生になって原書を読んでみるのも良いでしょう。