大妻多摩中学高等学校

第52段

 前々から思っていたのだが、マスコミの報道はどうも人を疑心暗鬼にさせる。首相のコメントの一部を取り上げ、いろいろと解釈する。例えば「この発言は○○○と受けとられかねない発言だ」などである。だが、実際には「○○○」とは言っていない。推測の域をでない。

 このような報道が繰り返されると、日常でも誰かの発言の裏を勝手に想像し、いろいろと解釈する癖が付いてしまうのではないか。その結果、信頼関係を損ねないか? 少し不安だ。

 人間は、想像してしまう生き物である。良い方向に行けばよいが、悪い方向に行くとこれほどやっかいなものはない。人の発言が間接的に飛び交い、いろいろな憶測をよぶような環境で生活したくないものだ。

 ブッダ(釈)は「あなたが聞いたものは、聞いただけのものであることを知りなさい。」(『感興偈(かんきょうげ)』)と言っている。さらに大妻コタカは「何事も善意に解釈しましょう。」と言っている。純粋に素直に生きていけるような報道を求めたい。

                                                                井の中の高野聖