大妻多摩中学高等学校

第60段

「メイスン&ディクスン 上・下」 トマス・ピンチョン 柴田元幸訳 (新潮社)

 大妻多摩中高英語科田辺によるブックレビュー⑥です。

 18世紀中頃にアメリカのペンシルバニア植民地とメリーランド植民地との境界線を設定するために、英国から派遣された天文学者と測量士が行った境界線作成の史実に基づいた物語です。しかし一般的な「伝記物語」の形態では全く書かれていません。寧ろ物語の進行は史実に基づきながら、その内容は登場人物達が語り経験する物語(ほとんどがフィクション、つまり虚構の話)が物語の中心になります。

 物語の語り手はチェリーコークというメイスンとディクスンの知り合いの牧師であり、親類の家でその家族に2人の物語を語るという形式を採っていますが、その話の進行は決して普通の物語のようには進みません。2人の物語の中の登場人物がさらに物語を語り出すことで語り手が変わり、さらにその物語は途中で中途半端に終了して、またもとの2人の物語に戻っていくこともあれば、牧師の家族が牧師の語りに割り込み、その家族の物語に話が変るということもあります。史実に基づいているので2人の行動は決まっていますが、それがこの物語の中心ではなく、寧ろこの語り口の変化によって紡ぎ出される様々な挿話・逸話・逸脱がこの物語全体の中心と言えるかもしれません。またこの語りの変化自体も、小説が時間軸に沿って進行するという一般的な小説の形式から逸脱する効果を演出しています。

 登場人物は非常に多く、記憶しておくことが難しいほどの数なのですが、それぞれがそれぞれの語るべき物語を持ち、それが話の進行過程でところどころに顔を出し且つ完了せずに突然中断されるので、一見すると話の進行を妨げているように見えます。しかし、この物語の逸脱のように見える作者の意図的な語り方により、全体の話が様々な挿話・逸話・逸脱によって実は豊かにされる、という効果も持っています。語り口の変化や、完了せずに中断する逸話等は、何かを一貫性をもって完了するという意図で行われるのではなく、寧ろ未完了にすることによって開かれたものにする、という意図を持って行われています。何かを完了することは即ち終了すること・理解すること・支配すること等に結び付きますが、未完了の状態では宙吊りのまま理解を拒み、寧ろ多用なあり方を受容する方向へと向かいます。

 語られる様々な挿話等には、話す犬(博学犬)、魔術師、狼男、シビレエイ、土人形、生命を獲得した機械鳩等およそ現実離れした様々なものが現実味を帯びて登場し、また宗教・魔術・科学・歴史が混合して語られます。現実離れしたものが登場し、様々な知識が混合することは、もちろんこの小説を面白くするための仕掛けでもありますが、同時に当時の社会状況も反映しています。
18世紀の歴史や社会状況を多少なりとも理解していると、当時は科学技術の黎明期であり、科学によって自然・宇宙を理解するという作業が進行過程にあり、それまで素朴に信じられてきた前近代的な迷信や呪術的なものが徐々にその正当性を疑われ始め、新たな世界観が登場し始める時期になります。その中で両者は未だ混沌と共存している状況であると共に、また未開・未知の領域は残されていて、それがこの物語の舞台でもありますが、その未開・未知と直面する際に自らの価値観が揺れるという可能性はあります。科学的な方法(天文学・測量)によって大自然に境界線を引くということを行う2人が、自分たちが行う行為が悪である(殺(シャー)と本書では呼ばれます)という意識を持つことは、実は世界を、そして大自然を分割し管理するという人間の欲望を感覚的に理解するということと結び付きます。これはかつて神や精霊の領域にあったものを、人間の側に晒す作業でもあり、この行為を肯定するのが未開の地に境界線を定めて領有権を確立し支配するという人間の欲望であり、また科学的にそれを行うことで未知のものを分析(分断)し自分の範疇に組み入れる欲望ということでもあります。また奴隷制や原住民の虐殺に対する言及もかなり多いのですが、それもまた未開を支配する欲望と捉えても良いでしょう。

 様々な欲望が混沌と存在し、互いに衝突し、協調し合う状況下の植民地で、2人の科学者が何を感じ、何を思うのか。これを暗い物語にすることなく、寧ろ博学な知識をふんだんに使用した様々な冗談を差し込むことで、面白おかしい物語にこの作者は描き出しています。原書は18世紀に使用された英語風に擬古典調で書かれており、日本語訳もそれに倣って漢字を多用した議古典調の文体で書かれています。(フィラデルフィアを費府など)上巻542ページ、下巻552ページもある大著で、登場人物も多く、知らない知識も多々鏤められていますが、非常に面白く読める物語です。
作者はノーベル文学賞候補とも噂されるアメリカの偉大な作家であり、公の場に姿を現さず、写真も公表されていないような「謎の作家」と言われる作家です。作品数も非常に少ないことも特徴の一つでありますが、この小説はその中でも最高のものであると評価する批評家もいます。

 長い物語を読破することは達成感も伴う作業でもあるので、小説好きの人は是非挑戦してみて下さい。

英語科 田辺