大妻多摩中学高等学校

第86段

 国語科の小野による本の紹介コーナーです。第8回は、小内一(おない・はじめ)編『てにをは辞典』(三省堂、2010年9月刊)です。

 こういう職業だからなのか、私は相当の「辞書マニア」です。家にある「辞典・字典・事典」の類は、100冊を下りません。もっとも、私だけでなく世の中には辞書に関心を抱いている人は意外に多いようで、昨年の秋、我が家に送られてきた大修館書店発行の辞書紹介パンフレット(『辞書のほん』第1号)にも、《辞書芸人》と称する人物(星野卓也氏という芸人さん。それにしても、家電芸人とか収納芸人とか、世の中にはいろいろな芸人がいるものだ)が登場して、早稲田の古本屋街で面白そうな辞書を物色する、という記事が載っていました。

 私も、本屋に行って、新しく出た辞書があると、いろいろなページをめくって内容をチェックする、ということをよくやっています。昨年の後半も、そのようなことをしながら、面白そうな辞書を何冊か買いました。その中の『日本語 語感の辞典』(中村明著、岩波書店)を、本欄第七十七段で「井の中の高野聖」先生が話題になさっていました。さすがは「井の中の高野聖」先生です。辞書マニアとして対抗というわけではないのですが、せっかくですからもう一冊、面白い辞書を紹介しましょう。それが、冒頭に掲げた『てにをは辞典』です。

 簡単にいうとこの辞書は、語と語との結びつき(結びつく言葉のことを、小内氏は「結合語」と呼びます)の例を大量に集めた辞書です。

 例えば、「義憤」という言葉があります。この「義憤」に結びつく表現というと、まず「義憤をおぼえる」が思い浮かぶでしょう。普通の国語辞典だと、スペースの関係もあって、結合語の例は代表的な一つ二つしか載せません。しかしこの辞書では、他に「義憤を感じる」「義憤を訴える」「義憤に駆られる」など、慣用的に結びついている結合語の例を非常に多く集めて載せています。文脈に合った、より適切な言葉を見つけたい(文章を書いている時は常にこういう気持ちでいるものです)というときに、たいへん威力を発揮する辞書です。

 また、ある動詞のすぐ上には「に」を使うのが適切なのか、それとも「を」を使うのが適切なのか、迷うことがあります。例えば、先日読んでいたある本の中に、乃木希典(のぎ・まれすけ。1849~1912)の次の漢詩が載っていました。

   皇 師 百 万 征 強 虜
野 戦 攻 城 屍 作 山
愧 我 何 顔 看 父 老
凱 歌 今 日 幾 人 還

この中の「何顔看父老」の部分を、その本では《何の顔(かんばせ)あって父老を看(まみえ)ん》と読んでいます。しかし、「~をまみえる(まみゆ)」という言い方には違和感をおぼえます。そこで『てにをは辞典』をひいてみると、挙げられている結合語の例から、「まみえる」という動詞の上には「を」ではなく「に」を使うのが普通なのだということが分かります。実際、『近代浪漫派文庫 第3巻 西郷隆盛/乃木希典』(新学社)では、この部分を《何の顔あってか父老に看(まみ)えん》と、「に」を使って読んでいます。

 このように、『てにをは辞典』は、場面に合ったぴったりの言葉を見つけたいとき、文章を読んでいて違和感をおぼえる表現に出会ったとき、などに役立つ辞書で、私にとっては、これから長いつき合いになりそうな一冊です。しかし、そのような実用的な使い方だけなく、純粋に言葉を楽しみたいというときにも有益な辞書です。どこで好きなページを開けて、豊富な結合語・意外な結合語を見ながら言葉に対するイメージを広げる、という楽しみ方もありますが、こんな風に辞書を“読む”のは、もはや「辞書マニア」の楽しみなのでしょうか。

 ちなみに、「収納芸人」なんて知らないという人もいるかもしれませんが、「オーケイ」という漫才コンビの小島弘章氏です。「整理収納アドバイザー1級」、「整理収納アドバイザー2級認定講師」の資格を持っているといいますから、かなり本格的です。私が借りているトランクルームの運営会社のイメージキャラクターも務めています。

国語科 小野