大妻多摩中学高等学校

第97段

 生徒のみなさんは、間近に迫った中間試験の準備に余念がない時期だと思います。どうですか、勉強は捗(はかど)っていますか? 試験作成に追われている先生方もいらっしゃることでしょう。

 私はといえば、前回お知らせした通り、学習院大学大学院で勉強中なのですが、具体的には、特に古典和歌文学について勉強しています。学習院で決めている「研究生」という資格は、授業を全く取らなくてもいいのですが、私は、学生と同じように、授業にもいくつか出ています。

 言うまでもなく、日本の古典文学を学ぶ上で、和歌はたいへん重要なものです。重要なものなのですが、授業をすればするほど「和歌は難しいものだ」と感じるようになり、そして自分の知識不足を感じるようになり、国内研修となったら和歌の勉強をしっかりやろうと決めていました。

 幸いなことに、学習院大学では、今年度は大学院の授業だけでも和歌関係の授業が3つ開講していて(そのことは留学先を学習院に決めた後に知りました)、その授業を中心に勉強をしているところです。具体的には、佐佐木隆先生(私の大学院時代の指導教授でもいらっしゃいます)の「記紀歌謡」(『日本書紀』と『古事記』とに収められている和歌)、渡部泰明先生の「西行の和歌」、鈴木健一先生の「幕末の和歌」です。ちょうど、古典和歌の最初・真ん中・最後をバランスよくやることになります。お三方とも、現在その分野で日本有数の研究者でいらっしゃり、その先生方の授業を10人未満で受けているのですから、贅沢なものです。渡部先生だけは他大学(東京大学)の先生で、学習院には非常勤でご出講です(専任教授が非常勤講師として他大学の授業を受け持つというのは、大学ではごく普通のことです)。

 学生に戻り、十数年の時を隔てて、かつて通い慣れたキャンパスを歩いていると、何だか不思議な気分になることがあります。背の高い新しい校舎がいくつも建ち(何しろ、あの「ピラミッド校舎」がなくなったのだ!)、構内の風景は大分変わったのですが、それでもいろいろな場所場所で、「ここでこんなことがあったなあ」などと、昔の記憶がふっと蘇ってきて、おかしいやら何だか恥ずかしいやら、複雑です。せっかく和歌の勉強中なのですから、ここで一首。

  世にふればまたも来にけり目白山
昔の今になるにやあるらむ

 失礼しました、『拾遺和歌集』495番の斎宮女御(さいぐうのにょうご)の歌の、第2・3句「またも越えけり鈴鹿山」を改めただけの、パクリ和歌です。歌の大意は、「長生きをしたおかげで、学習院のあるこの目白に再びやって来た。昔が今になったのであろうか」です。元の歌は、掛詞と縁語とを複数用いて技巧を凝らした、有名な歌です。

 大学院の授業は、「演習」の名を冠していなくても学生の発表が主体となります。私も、しばらくは発表の準備に追われる毎日になりそうです。教わる側になれば、試験はなくてもやはり大変です(もちろん、教える側も大変なのですが)。中高生諸君、お互いに頑張りましょう。

注=「ピラミッド校舎」というのは、以前学習院大学にあった、ピラミッドの形をした(つまり四角錐の)校舎のことです。大教室がただ1つ、土地の有効活用ということを全く考えていない、不思議な校舎でしたが、大学のシンボル的な建物でした。平成20年3月に取り壊され、現在そこには「中央教育研究棟」という12階建ての校舎が建っています。

国語科  小野