大妻多摩中学高等学校

第104段

“ ほたるの宴で ”

 体育祭の臨休を利用して、湯河原に宿泊に行きました。ちょうど万葉公園で「ほたるの宴」が開かれ始めた頃でしたので、5日の日曜日の夜、ホタルを見に行ってきました。何年か前に、やはり体育祭の後に子供達を連れて来て以来でした。

 7時半頃公園に着くと、まだ明るさが残っていたためか数えるほどのかわいらしい光が、池の上の木々の間を漂っているだけでした。でも、だんだんと暗くなるにつれ光の数は増え、幻想的な光景となりました。

 私の前に初老のご夫婦が立っていらっしゃいましたが、二人とも無言でいくつもの淡い光の宴に見入っていらっしゃいました。遠い昔に見た景色を懐かしんでいるかのようなお二人の背中を見ているうちに、私も自分の小さかった頃を思い出しました。

 大学に入学するまで、私は島根県の松江市で育ちました。私が小学校へ入学する直前に、父が市の郊外に家を建てたので、市内から田園風景の広がる所に引っ越しました。何十年も前のことなので記憶が曖昧なのですが、私が小学校3年生の頃まで近所の川でホタルが見られたような気がします。高度経済成長期で、ものすごい勢いで開発が進んでいました。引っ越して数年して家が増え農薬が使われ始めると、ホタルは見られなくなってしまいました。でも、引っ越した頃には家もさほど多くなく、美しい田舎の景色がまだ残されていました。6月も中旬になると、よく父に連れられホタル狩りに出かけました。人家も多くなかったので、夜になると昼間とは全く異なる真っ暗な世界でした。子供心に、ちょっとした冒険に出かけるようで、怖いようなワクワク感がありました。川のせせらぎが静まりかえった暗闇に何となく不気味に響き渡る中、懐中電灯の細い灯りを足下に向けながら父の手をしっかりと握って歩いたのを覚えています。昼間、友達とメダカやザリガニを捕っていた川には、いくつものホタルの光が漂っていました。すると父は鮮やかな網さばきで、すぐに何匹かを捕まえてくれました。買ったばかりの昆虫箱に濡らしたヨモギを入れ、その中にホタルを入れて、まるで宝石箱でも拾ったかのように大事に家に持ち帰り、母に自慢して見せたのを覚えています。ちょうどその頃になると、毎年田舎から祖母が出てきて笹団子をたくさん作ってくれました。縁側に置いたかごの中の弱々しくも美しい光が消えていないか確認しながら、祖母の笹団子を砂糖醤油に浸して食べるのが私の小さい頃の楽しみの一つでした。幸せな夜でした。

 その祖母も、父も母も今はもういません。私の子供達は、私とここでホタルを見たことをいつかこうして思い出すのだろうか。いや、その頃には、ホタルはいなくなってしまうのではなかろうか。その美しい光を見ながら色々なことを考えてしまいました。しかし、短い時間でしたが、私を幸せな子供時代に連れ戻してくれた、懐かしい祖母、父、母に会わせてくれた、ホタルのほのかな光に感謝しながら、足取りも軽やかに帰路につきました。

英語科 伊藤