大妻多摩中学高等学校

第114段

東北被災地訪問 その1

 8月17~18日、教員有志6名で、岩手県岩泉町へ行ってきました。もともとは震災のボランティアで生徒も連れて行きたいと考えていたので、被災地でもさほど危険性の高くない場所で、しかもマスコミにはあまり取り上げられないような町ということで、この岩手県岩泉町を選んでいました。しかし、6月に岩手沖で余震があったりで、今回は教員だけで、それもボランティアというよりは現地との交流をかねた視察のような形で行ってきました。

 岩泉町は本州の中で最も面積の大きい町で、自然と水が豊かなところです。日本三大鍾乳洞のひとつ「龍泉洞」が有名で、その水を利用した産品もたくさん作られています。

その岩泉町の沿岸部の小本(おもと)という場所で、震災時の津波により少なくない方が亡くなられ、多くの家屋が被害を受けました。今まで映像や写真、文字でその悲惨さを知ったつもりになっていましたが、やはり現場を自分の目で見ることで、いままで知らなかったさまざまなことを思い知らされます。津波がいかに高く、いかに内陸までを襲ったか、どれほど簡単に鉄骨がひしゃげているか。

岩泉町小本地区。後方にかなり大きな水門がありましたが…


 またその南の宮古市の田老や宮古漁港も訪れましたが、ここは小本よりもさらに多くの家屋が被害を受けていました。小本もそうでしたが、被害を受けた家屋は、コンクリーの土台だけを残して建物がすっかりなくなっていたり、浸水した階の窓や玄関にベニヤがうちつけられていて、すぐに分かります。田老の防潮堤は「万里の長城」と呼ばれていたくらい大規模なものでしたが、津波はそれさえやすやすと乗り越え、家々を襲いました。

宮古市田老。後方には「万里の長城」と呼ばれた防潮堤がありますが、津波はそれを乗り越えてきました。

 思っていた以上にひどい被害状況を見て、やりきれない気持ちになるのと同時に、そこで暮らしていかなければいけない人びとのたくましさにも感じ入りました。わずかなスペースにプレハブを建てて営業を再開している魚市場の人。周囲はコンクリートの土台だけの野原に一軒残った飲食店のはためくのれん。人間の生命力の強さというのでしょうか、そのすごさに驚きつつ、頑張って復興してほしいと心の中で声援を送るのでした。

宮古の町

津波に襲われた宮古市のガソリンスタンド。威力のすさまじさがうかがえます

 今回は岩泉町の町長さんと面会する機会にも恵まれたのですが、そこで印象に残る話がありました。いま一番問題なのは過疎化である。震災をきっかけに人の移動が起こり、過疎化にいっそう拍車がかかっている。いくら漁港や道路を復興させても、次の後継世代がいなくては漁港で働く人もいないし、道路を通る人もいなくなると。

まさにそのとおりです。私たちは被災地の復興支援といえばややもすると、がれきの撤去や不足する救援物資を送るといったレベルに思考がとどまりがちです。しかし継続的な長期での復興支援にはどのようなことができるのか、考えてみる必要があるのかもしれません。
その足がかりとなる支援がもしかすると文化祭あたりでできるのではないでしょうか。

国語科 矢澤