大妻多摩中学高等学校

第123段

岩泉町訪問二日目。

二日目は農家のお宅で前日に引き続き農作業で、この日はピーマンとおくらの収穫をしました。私はおくらがどのようにして生えてくるのかこの時初めて知ったのですが、実はハイビスカスの一種だそうです。ハイビスカスの花が咲き終わった後におくらが成長して食べられるようになるのですが、この植物はとげをもっており、収穫する時とてもチクチクしました。ちなみに一ヶ月近く経った今もなお、そのかぶれた痕が消えません。私たちは時間の都合もあり収穫作業だけしたのですが、農家の方はその後箱詰め作業をしなくてはいけません。なんだかやりっぱなしで帰ってきてしまったような気がして申し訳なかったです。次に行くときには最後までやりたいですね。

その後、地元のお母さんたち手作りの、その土地でとれた食材をふんだんに使ったけんちん汁などをお昼に頂き、午後は津波被災現場の視察に行きました。岩泉町は9割が山なので実際に津波の被害を受けたのは町の一部分で、「小本(おもと)」という地区です。これまでにテレビなどで被災地の映像は見ていましたが、実際に目の当たりにしてみると印象は全く異なります。残っているのは住宅の基礎部分だけで、以前はどういう町だったのか想像ができません。海のすぐ近くにある小本中学校を訪れたのですが、グラウンドのプールがあった建物は写真のようにかなり破壊されていました。
この地区では3名の方が亡くなられたそうですが、高台が比較的近くにあることや、町長さんが3年前に小学校からの避難用階段を設置したこと、また住民同士が互いに助け合って避難したこともあって、津波の大きさを考えると小さい被害ですんだそうです。とは言っても、家や船を失って仮設住宅に住んでいらっしゃる方を考えると、本当に胸が痛みます。

小本地区

夕方は、昼に訪れた小本中学校の先生方に直接会ってお話を伺いました。現在は別の中学校に校舎を間借りして授業をしているそうで、もちろん不便なことも多いようです。また生徒が震災で受けた心の傷についても話してくださいました。最後に本校の生徒会からの手紙を渡しました。

小本中学校のプール屋根

この日の最後に、津波被災体験を地元の消防団の方から伺いました。この話から、津波の恐ろしさや当日の混乱、現地の人たちが津波について子供の頃より親からよく教育されていたことなどを知り、私たちが学ばなくてはならないことが多々ありました。

やはり単にテレビなどを通して見たり聞いたりするのと、実際に現地を訪れてみるのとでは捉え方が大きく変わります。それでも、私たちが行った時には瓦礫が全て片付けられた後だったので、被災直後はなおさらそうだったと思います。瓦礫の撤去など、ここまで作業をしてきた人たちの苦労がどれだけのものだったのか感じると共に、これから復興に向けて微力ながら学校としてどのようなことができるのか、考えさせられる一日でした。

 最終日については、また後日・・・

 英語科 吉田