大妻多摩中学高等学校

第147段

「懐かしいヒメの思い出(最終編)」

 私が担任をしていたクラスで、高校2年の秋から教室で飼うようになったハムスターのヒメの話しの続きです。12月のつれづれに寄稿できなかったので間があきました。話しを忘れた方はバックナンバーをご覧になってから、この最終話をお読み下さい。

 生徒にとって大事な受験期に、ヒメに「もしものこと」があれば生徒達は悲しんで受験にも影響が出るのではと、飼い始めた頃から心配されていましたが、2年目となる冬を何とか無事に乗り越え、ヒメは無事に生徒とともに3月18日の卒業式を迎えることになりました。式の後、最後のHRにも教室でいつものように彼女達を見守り、私と共に彼女達を送り出したのでした。それはあたかも当日卒業式においでになられた、ご父母のようでもありました。ヒメは一体どんな気持ちで彼女達を見送ったのでしょうか。

 卒業式後の春休み中には、私が海外に旅行に行く予定だったので、その間、ヒメを大好きだった生徒の一人、Yさんの家で預かってもらうことになっていました。3年間お預かりした生徒達を卒業させ、やれやれとの思いで旅を満喫した私は、ヒメについては可愛がってくれるYさんと一緒なので何も心配していませんでした。ところが、旅行から帰宅し留守番電話を再生すると、なにやら聞き取りにくいYさんらしき泣き声が吹き込まれていました。何を言っているのかよく聞き取れない声だったので、すぐにYさんの家に電話をすると、あの元気だったヒメが卒業式後間もなく死んでしまったことを知りました。急に元気がなくなったヒメを、Yさんはわざわざ病院にも連れて行ってくれたそうですが、「寿命」と言われたそうです。大好きなYさんに見守られながら最後を迎えたヒメは幸せだったかもしれません。しかし、それよりも私は、ヒメがまるで卒業式の日を待っていたかのような、彼女達と別れるその日まで小さな命の灯火を絶やさなかったような感じがしてなりませんでした。忠犬ハチ公もそうですが、動物にはやはり何かがあるような気がしました。最後に看取られたのが、Yさんだったことにも偶然以上のものを感じました。

 次の日登校すると、職員室の私の机の上に手紙が置かれていました。そこには、ヒメが亡くなったことを旧クラスに知らせ、何人か都合のつく者が学校に集まり、学校の敷地の隅にお墓を作ってヒメを葬ったことが綴られていました。海外にいた私に連絡がつかず、皆で考えてそうしたとのことでした。手紙の中で示された場所に行ってみると、小さな山が作ってあり、花が手向けられていました。その本当に小さな塚を見ていると、急に寂しさが込み上げてきて、目の前がにじんで見え始めました。卒業式の日以上に、別れや終止符の実感が込み上げてきました。「ああ、お前も自分の使命を立派に勤め上げたのだね。こんなに小さな命だけど、どれだけたくさんの楽しい思い出を頂いたことか。ご苦労様、そして、ありがとう。」と、その小さな山に語りかけました。辺りには春の甘いにおいが漂い、空は柔らかな風が心地よく吹き渡っていました。あの心優しい生徒達、そしてかわいらしいヒメ、その両方に出会えた私は本当に幸せな時を過ごさせていただいたのだと、今でも心から感謝しています。

英語科 伊藤