大妻多摩中学高等学校

第170段

国語科の小野による本の紹介コーナーです。第11回は、具体的な著作物の紹介ではなく、「本の種類」の紹介です。

紹介するのは、「和本」と呼ばれる本です。和本とは、簡単にいうと「日本国内で、用紙に和紙を用い、糸などを使って日本風に綴じて作った本」のことで、西洋の製本技術が普及し始めた明治初年頃よりも前に作られたものを指すのが普通です(同じ作り方であるならば、現代のものでも和本と呼んでいいのですが、現代の和本は非常に少数で例外的です)。和本には、手書きのものもありますが、江戸時代になって印刷技術が進むと、印刷された本(これを「版本」といいます)も非常に多くなります。

私は、昔から古本好きで、世界有数の古書店街である神田神保町(かんだじんぼうちょう)には、中学生の時に初めて行って以来、もう三十年ほど通い続けています。

しかし、古書の中でも和本の世界には、長いこと敬遠して近づかずにいました。理由は、まず何よりも値段が高そうだから(本当は安い和本もたくさんあるのですが、高いものだというイメージが先行していました)。

実際に和本がどれくらいの値段なのかというと、高いものは本当に高い。今から二十年ほど前、伝藤原公任筆の『古今和歌集』が売りに出されたことがありました。藤原公任(ふじわらのきんとう)といえば平安時代中期の著名な歌人で、あの藤原道長と同年(西暦966年)に生まれています。本当に藤原公任が書写した本であれば国宝級ものですが、その時の『古今和歌集』の売値は何と一億五千万円! それでも購入希望者が二十人あったそうな。これは極端すぎるとしても、街の本屋で新刊書を気軽に買うようなわけにはいかない値段の和本も多いのは確かです。

また、専門的な知識がとにかく必要なのが和本の世界です。知るべきことは山のようにあり、初心者は、生半可な覚悟ではこの世界に足を踏み入れることは出来なかろう、という気分にさせられます。

ですから、これまでの和本との関わりといえば、学生時代に、大学が持っている本を多少見たり、書誌学(本を研究対象にした学問)概説書の定番だった山岸徳平『書誌学序説』(岩波全書、1977年初版)他数冊の関係書を読んだり、というくらいでした。

ところが、昨年度、国内研修で通った大学院に「書誌学」の授業があって、せっかくだからここでしっかり勉強しておこうと思い立って受講してから、状況がだいぶ変化しました。授業内容がたいへん面白かった上に、多くの和本を実際に手に取って、見て触って匂いを嗅いで、ということを繰り返すうちに、すっかり和本の虜(とりこ)になってしまったのです。

和本の文章の多くは、現代ではほぼ使われない「変体仮名」という続け字で書かれていて、慣れないとすらすら読めないのは確かです。しかし、絵入りの和本も多数あり、変体仮名が読めなくても、絵を見ているだけで楽しい。江戸時代にはありとあらゆるジャンルの本が出版されていて、その種類は現代とほとんど変わりがないと言ってもいいくらいです。その豊饒(ほうじょう)な文化の世界を、肩肘はらずに楽しめば良いのです。

いろいろな和本に接していると自分でも欲しくなってくる、というのが人情です。こうして、少しずつではありますが、和本のコレクションが始まりました。高価で貴重なものでなくても、数百年も昔の本を、他人の物ではなく自分の物として手に取ってページをめくっていると、何だか豊かな気持ちになってくるから、不思議なものです。

現在、蔵書の中でほんの少しだけ自慢できるのは、元禄8年9月(西暦1695年)の刊記がある『和字正濫鈔(わじしょうらんしょう)』という本です。この本は、契沖(けいちゅう)という僧が書いたもので、現在我々が古文の時間に習う「歴史的仮名遣」の学問的基礎となった、国語史的にも重要な本です。少し後の元文4年正月(西暦1739年)の刊記を持つ版の方は、古書店でもわりと出回るようですが、この元禄8年(この本が最初に出版された年です)版の方は、なかなか出ません。それを相場よりもかなり安く手に入れることが出来たので、とてもラッキーでした。

多少なりとも和本に関心があるという方には、次の本をお薦めします。
中野三敏『和本のすすめ』(岩波新書、2011年11月)
橋口侯之介『和本入門』(平凡社ライブラリー、2011年9月)

中野氏は、九州大学名誉教授。個人として日本で最も多くの和本を持っているという噂の先生です。橋口氏は、神田の古書店・誠心堂書店のご主人。非常勤講師として大学で書誌学の授業も担当しています。この二冊で、和本に関する基本的な知識は押さえられます。

より関心を持ったという方は、やはり実際に和本を買ってみるのがいいでしょう。実は、安い値段の和本といのは、古書店にけっこう出回っています。ちょっとした昼食一回分の金額で十分です。面白そうな本を買うことが出来るはずです。

国語科 小野

 

契沖『和字正濫鈔』

  ~画像の説明~

契沖『和字正濫鈔』。約三百二十年年前の本です。
左が巻一の本文の最初。
漢字と共に「変体仮名」が用いられています。
中央が巻五の終わり。
「元禄八乙亥歳九月吉日」と刊行年月が記されています。
右が巻二の表紙。
刊行当時の原装ではなく、改装されたものでしょう。