大妻多摩中学高等学校

第173段

 国語科の小野による本の紹介コーナーです。前回、古書(和本)の話をしましたが、今回(第12回)は、古書店を舞台にして、古書にまつわる様々な“事件”を描いた小説、三上延(みかみ えん)著『ビブリア古書堂の事件手帖』1・2巻(メディアワークス文庫、2011年3月・10月刊)です。この作品は、今年の本屋大賞にノミネートされました(惜しくも受賞は逃しました)し、累計発行部数も既に200万部を超えているといいますから、知っている方、もう読んだという方も多いかもしれません。

 北鎌倉にある古い古書店「ビブリア古書堂」の若くて美しい女性店主・篠川栞子(しのかわ しおりこ)は、古書に関しては人並み外れた該博な知識の持ち主ですが、極度の人見知りで、古書以外の話題の時は他人とまともに話すことすら出来ません。一方、大学を卒業したばかりの青年・五浦大輔(ごうら だいすけ)は、子供の頃に活字恐怖症という奇妙な“病気”に罹ってから、体が拒絶してしまうので本を読むことが出来ません。そんな大輔君が、ひょんなことから栞子さんの古書店で働くことになり、二人で、客が持ち込む古書にまつわる謎を解いていく、という物語です。

 作品の中では、各巻四冊計八冊の古書が主テーマになっていますが、どれも実在する本です。作者の三上氏自身、古書がお好きなようです。豊富な知識をお持ちで、それが様々な箇所で生かされています。古書の世界を題材にした古典的名作、梶山季之(かじやま としゆき)氏著の『せどり男爵(だんしゃく)数奇譚(すうきたん)』が、重要な本として登場するのも、私としては嬉しい。正直に言って、謎解きそのものはそれほど深みのある内容ではありませんが、古書にあまり興味を持っていない人でも気軽に楽しむことが出来ます。舞台である北鎌倉の様子もなかなか良い雰囲気に描いてあって、好感が持てます。読書週間の時に読む本がまだ決まっていないという中学生にもお薦めできる二冊です。

 今月(2012年6月)の末には、待望の第3巻が発売になります。今度は、どんな古書の物語が楽しめるのでしょうか。少しずつ進展している栞子さんと大輔君との仲がどうなっていくのかという点も、読者としては気になるところです。

 ベストセラー小説がドラマ化・映画化されるのはよくあることですが、『ビブリア古書堂の事件手帖』にも、今後その手の話があるかもしれません。私が仮にこの作品のキャスティングプロデューサーで、俳優・女優を自由にキャスティング出来るとするならば、
   篠川栞子……綾瀬はるか(数年後だったら、夏帆もいい)
   五浦大輔……小柳 友
   笠井菊哉……要 潤(これはピッタリだ)
とするのが、原作のイメージに合っていて良いのではないかと思うのですが、既に読み終えている方、どんなものでしょうか?

 話はそれますが、上で登場した梶山季之『せどり男爵数奇譚』にはちょっとした思い出があります。

 もう十五年以上前のことですが、本校の非常勤講師だったN先生(現在、中部地方の某大学の教授)の紹介で、出版社・夏目書房を経営していた夏目純氏と知り合いになりました。自分は古本好きだと私が話すと、「それならば、最近うちで出した本、よろしければ差し上げます」と言って夏目氏が下さったのが、『せどり男爵数奇譚』でした。

 この本は、鬼才梶山氏の若すぎる死の前年(1974年)に、最初に出版されました。何度かの出版・絶版を経た後に夏目書房版が出たのは、1995年6月のことでした。題名の「せどり」というのは、古書の世界では「高価な古書を転売して利ざや(差額の利益)を稼ぐ人」の意味で用いられます。その「せどり」を仕事とする、「せどり男爵」と呼ばれる男が、物語の主人公です。

 古書マニアというのは、望みの本を手に入れるためなら、文字通り何だってします(もっとも、これはどんな種類のマニア、コレクターにも言えることなのでしょうが)。この小説の中にも、古書のために途轍もない行動に出る人物が登場します。夏目書房版の巻末で解説を書いている出久根達郎氏(作家ですが古書店主でもありました)によれば、古書や古書店に関する「細部の描写は、まず十中八九まで真実」、「現役の古本屋である私が太鼓判を押すのだから、間違いない」ということですが、そのような描写の積み重ねが、物語全体にも妙な真実味をもたらしています。古書に魅せられた人々がどのようなことをしでかすのかは、実際に読んで確かめてみてください。きっと最後にはゾッとすることでしょう。

 夏目書房は数年前に業務を停止し、今は存在しません。夏目書房版『せどり男爵数奇譚』も新刊では手に入らなくなりました。今後は絶版になったこの夏目書房版が、古書マニアの蒐集対象になるかもしれません(『せどり男爵数奇譚』の作品そのものは、現在ちくま文庫に入っているので、書店で簡単に買えます)。

国語科 小野