大妻多摩中学高等学校

第180段

阪神大震災に寄せて

 昨日(1月17日)はご存じの通り,阪神大震災の起きた日です。私は毎年この日を特別な思いで迎えます。というのは,私は18年前に神戸でこの震災を体験したからです。

 当時,私は高校生でした。前日遊び疲れ,少々寝過ごしていた私は,これまで体験したことのない,突き上げるような揺れで目が覚めました。何が起きたのかも分からずに戸惑っていたのもつかの間,今度は激しい横揺れがやってきました。私は頭は真っ白のまま,布団にしがみつくことしかできませんでした。揺れが収まった後も,しばらくは布団から出ることができなかったことをよく覚えています。

 地震発生から1時間半ほど経った後,ようやく家の中を点検し始めたのですが,家中の棚が倒れ,収納物やガラスの破片が散乱しているひどい有様でした。私を含め,家族は全員,そういった危険のない部屋で寝ていたので無事で済んだのだ,と思い知らされました。特に私の普段の居部屋はピアノや書棚,パソコンなどが折り重なるように倒れており,ここにいたら押しつぶされて生きてはいなかっただろう,と直感して震えが止まりませんでした。

 それ以来,自分はあのとき何者かによって生かされたのだ,と常に感じています。だからこそしっかりしなくてはならない,と事あるごとに自分に言い聞かせています。

 もう一つ,忘れられない光景があります。

 震災の翌日,近所のスーパーが在庫商品を格安で提供してくれることになったのですが,店内では人々は我先にと商品に群がり,そしてあろうことか,商品の奪い合いまでもが起きていたのです。また,店の外に並ぶ人々を取材していたニュース番組のキャスターに,心ない罵声を浴びせる人もいました。生き残ることに必死だったとはいえ,その姿は非常に醜いものでした。人は余裕がなくなると,ここまで「堕ちる」のかと,高校生ながらにショックを受けました。

 当時,関西では地震は起こらない,という人々の思い込みがあり,地震への対策は全くといっていいほど行われていませんでした。また,私が住んでいたのは新興住宅地で,近所同士のつきあいがほとんどありませんでした。そうしたことが,あのような光景につながったのではないかと思います。

 だからこそ,私はみなさんに,いずれ来るであろう地震に対して,物質面での備えをしてほしい,と強く願います。もちろん,地震はいつでも起こりうる,起きたときはこうする,といった精神面での備えが必要なのは言うまでもありません。ただ,物質面での備えがあれば,気持ちに余裕が出て,他人を思いやることができます。苦しい状態でも,他人に手をさしのべられる人でありたい。それが,社会生活を営む「人」としてのあるべき姿だと思うし,日本人は元来それができると思うからです。先の東日本大震災でも「絆の力」が取りざたされました。いざというときに支え合えるよう,備えを充実させておきたいものです。

 これをきっかけに,地震への備えについて改めて考えていただければ,幸いです。

                                                    
数学科 大竹