大妻多摩中学高等学校

【校長室より】「言葉、ことば、コトバ」

コタカ先生の肖像画には先生のお好きだった百合の花が飾られています。

コタカ先生の肖像画には先生のお好きだった百合の花が飾られています。

コタカ先生は著書『母の禮法』(1939)で、女学生の礼法として家庭における「言葉遣い、身嗜み、接待・接客のお作法」をあげています(花村邦昭著『母の原像』)。これらは日常的にきちんとしていないと、いざとなったときに正しくできないものです。お友達と話すときはくだけた話し方をしていてもよいですが、正しい話し方、正しい礼儀を知っているのと知らないのとは大きく違います。

最近若い人たちの話し方で気になることあります。テレビに出演している芸能人や、街頭インタビューなどでもよく耳にする「あいまい表現」です。意見を求められたときに断定せずになんとなく逃げてしまう言い方です。
内舘牧子さんは『カネを積まれても使いたくない日本語』の中で、まさに私の感じていたいくつかの表現を次のように分類しています。あいまいにぼかす「かな」「みたいな」「感じ」「とか」「かも」「~のほう」「~というふうに」「~してみたいと思います」「~したいと思います」のような表現、ピンポイントで言いたくないときの「ある意味」「結構~します」「~ですかね」「~とは思う」のような表現、ジョークめかして逃げるときの「(笑)」「~だったりして」などの表現、何にでもくっつける「的」「系」「力」「カタチ」のような表現などです。

自信がないのか、批判を恐れるのか、断定を避けるためにこのようなあいまいな言い方をたびたび耳にします。私もなんだか変だなと思っても無意識にこのような表現を使ったり、メールで(笑)と書いてしまうことがあります。内舘さんによれば「冗談」「照れ」を表したいときこのようなマークを文末につけるというのですが、ラインのスタンプのように親しい友達につい使うことがあります。言葉というものは時代によって変化するものですが、テレビなどでよく耳にしているうちによく使われるようになるのか、みんなが使っているから使うのか。私自身にしても、さらに年長者が聞いたら変な話し方をしているかもしれません。誰もがNHKのアナウンサーの話し方を真似る必要はありませんが、やはり大人が正していくことも大切ではないでしょうか。