大妻多摩中学高等学校

【校長室より】明日はまた別の日、「明日は明日の風が吹く」

校舎玄関脇にあるヤマボウシ

校舎玄関脇にあるヤマボウシ

1916年に創立された大妻学院の木造5階建ての新校舎が落成したのは1922年のこと、しかし翌1923年の関東大震災により焼失してしまいます。校長や教職員の努力により翌年には焼失前より大規模な校舎が建てられ、1936年には鉄筋の校舎が完成し大妻女子専門学校が設立されます。ところが1945年の東京大空襲により木造校舎の全部と鉄筋校舎の一部が焼失します。焼け跡で卒業式に臨まれたコタカ先生は「『昨日までの信念も、今日からの覚悟も決して偽りではない』と、教育の復興と校舎の整備に全力を尽くされ」(『大妻―創立者の生涯と学院のあゆみ』大妻コタカ記念会)たのです。その当時の写真にはもんぺ姿で瓦礫の中で先生が卒業式を行っている様子が写っています。
大妻学院の歴史をひもとくと、コタカ先生は生徒のため、学校のためにこれらの苦難をものもせず力強く生き抜いてこられたことがわかります。

話はここでアメリカに飛びます。

アメリカ国土を二分した南北戦争(1861-65)を背景とした『風と共に去りぬ』(1936)はマーガレット・ミッチェルが書いた唯一の作品。舞台はジョージア州アトランタ。小説はベストセラーになりピューリツァー賞を受賞、1939年に映画化されアカデミー賞作品賞を受賞した名作です。黒人奴隷を使って綿花のプランテーションを経営していた南部白人の没落を描いたものですが、たった一人生き残った農場主の娘スカーレットは、焦土と化した南部の土地を見渡して“Tomorrow is another day”(「明日は今日とは違う、別の日」)とつぶやきます。今日までは絶望の淵に立たされていたけれど明日になれば絶対立ち上がってみせるという強い意志と希望にあふれた言葉です。南北戦争後の南部再建を描いたこの映画が日本で封切られたのは1952年、第二次世界大戦の復興と重ねあわされて大ヒットしました。

“Tomorrow”と聞いて思い出されるのはミュージカル『アニー』の歌詞です。“The sun’ll
come out tomorrow”で始まるこの歌は“Tomorrow, tomorrow, I love ya tomorrow, You’re
always a day away.”で締めくくられます。「明日になれば太陽が昇る、明日、わたしはあなたが好きよ、あなたはいつも一日先にいるのね」という意味ですが、ここでいう「あなた」とは「明日」のことです。アニーは「わたしは明日が大好き、一日待てば必ず明日はやってくる」と歌います。『アニー』の原作はLittle Orphan Annie(『孤児のアニー』)という1920年代に連載が始まった新聞マンガ、世界大恐慌後のニューヨークを背景にして、孤児院で暮らしていたアニーが億万長者のウォーバックスさんの養女になるというストーリーです。両親は必ず自分を迎えに来るという希望を捨てず、アニーは不況対策に悩むルーズベルト大統領や同じ境遇の孤児たちを勇気づけます。そのときに歌うのが“Tomorrow”です。

戦争や恐慌といった世界規模の難事をどのように乗り切るか、それは「明日になればきっと生きる希望もわいてくる」という前向きの姿勢なのです。小説や映画はコタカ先生のご苦労とは比べようもありませんが、我が身はどうあっても人のために前進あるのみという先生の堅い決意には頭が下がる思いがいたします。