大妻多摩中学高等学校

【校長室より】手芸と女性の自立

大妻コタカ先生は女性が社会に出ても自立できるようにと裁縫と手芸を教える学校を開き、その学校が後の大妻学院へと発展しました。

先生はこのように書いています。「手芸の実習は、女子には誠に大切な精神の落ち着きをしらずしらずの中に養うものである。」 また先生は、女性が「手芸を学ぶということは、日常生活の上に自然に女らしさ、優美さを表す基となるものであって、女子にとって大切な要素の一つ」だとも書いていらっしゃいます。手芸は女性らしさを身につけるのに最適なだけでなく、その技術を学べば、女性は家庭内だけでなく社会における生産者としての役割を果たすのです。

一方アメリカでは、植民地時代から産業革命が起こる19世紀後半まで、女性たちは縫い物を通じて団結を強めていきます。寒さの厳しい東部アメリカでは暖かい寝具は必需品であり、余り布をつなぎ合わせて綿を入れ、重ねて縫い合わせるキルト作りは、女性たちの欠かせない仕事でした。針仕事は家庭や学校の必修科目の一つとなり、さらに女性たちのキルティングサークルは、情報交換の場として女性たちの絆を深めるのに役に立ちました。戦時には士気高揚や兵士たちの無事を祈ってキルトが作られ、布教活動・禁酒運動・奴隷制反対などの集会でもこれらの女性サークルが中心になって行われました。

このように女性の家庭内作業と思われる裁縫や手芸は、ほぼ同時期に、日本とアメリカで女性の自立に一役買いました。コタカ先生が裁縫という実技を通して女子教育をしようとしたことはとても大きな意味があったのです。

キルト① キルト②
写真はキルトのパターンの一つ。 一針一針縫って、ピースをつなげます。