大妻多摩中学高等学校

【校長室より】『アラジン』-「まったく新しい世界」から「わたしは黙っていない!」へ

ディズニーアニメに基づいた実写版映画『アラジン』が公開中です。新しいヒロインの登場と話題になっていますが、ディズニープリンセスはどのように変化してきたのでしょうか。

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ディズニープリンセスというと、まず『白雪姫』(1937米、1950日)の白雪姫、『シンデレラ』(1950、1952)のシンデレラ、『眠れる森の美女』(1959、1960)のオーロラ姫の三人が代表格です。(過去のブログを読む) この三人はウォルト・ディズニーが実際に関わった作品で、王子が彼女を見いだしてくれるまで待つ従順な姫という子ども向けの童話の結末を踏襲しています。その後30年の時を経て、『リトル・マーメイド』(1989、1991)のアリエル、『美女と野獣』(1991、1992)のベル、『アラジン』((1992、1993)のジャスミン(英語読みでは「ジャズミン」と発音します)、『ポカホンタス』(1995)のポカホンタス、『ムーラン』(1998)のムーランが登場します。そして70年代、80年代のフェミニズムと文化多様性を反映して、プリンセスもヨーロッパ系からアラブ人、中国人、アメリカ先住民と民族の広がりを見せ、王子の到来と幸せな結婚をただ待っているプリンセスから、自らの意見を持ち、行動する姫、自立して戦う姫へと変化していきます。ここまでで8人のプリンセスが勢揃いし、ディズニーストアなどではさまざまなプリンセスグッズなどが売られました。

2009年のオバマ大統領就任を契機にアフリカ系のプリンセスとして登場するのが『プリンセスと魔法のキス』(2009、2010)のティアナです。ニューオーリンズのフレンチ・クオターに住む彼女は自分のレストランを持つことを夢見ている普通の女の子です。そして次作『塔の上のラプンツェル』(2010、2011)では宮殿から赤ん坊のラプンツェル姫を誘拐して自分の娘として育てた魔女(母)の、美しく成長していく娘に対する嫉妬が描かれていて、いままでのハッピーエンドとは違った趣です。『メリダとおそろしの森』(2012)のメリダは弓の名手であるスコットランドのプリンセスで、王子と結婚することが人生の目標ではありません。そしてようやく登場するのが『アナと雪の女王』(2013、2014)のアナとエルサ姉妹。この映画では、二人は伴侶を見つけるというより姉妹の絆が描かれます。『モアナと伝説の森』(2017)のモアナは、父の後を継いで島民を率いるリーダーとなることが期待されています。

以上挙げたディズニープリンセスのうち、シンデレラ、ベル、ティアナは王家の生まれではないのでプリンセスではありませんし、プリンセスたちが結婚を成就させる相手も王家出身ばかりではなく一般人から盗賊までさまざまです。王子であっても裏切り者もいますから注意しなくてはなりません。

さて、“A Whole New World”で有名なアラジンですが、アニメ作品では王宮ではなく外の世界に踏み出すプリンセスが描かれます。

I can show you the world
Shining, shimmering splendid
Tell me, princess, now when did
You last let your heart decide!  

I can open your eyes
Take you wonder by wonder
Over sideways and under
On a magic carpet ride       

A whole new world
A new fantastic point of view
No one to tell us no
Or where to go
Or say we’re only dreaming    

君に世界を見せてあげよう
キラキラ輝く素晴らしい世界を
教えてくれ、プリンセス
君が最後に自分の心に従ったのはいつ?

君を目覚めさせてあげる
驚かせてあげる
縦横無尽に、上に下に
魔法の絨毯に乗って

完全に新しい世界
新しい夢のような世界
誰も僕たちにだめとは言わない
あっちに行けとも言わない
夢を見ているだけとも言わない

このたびの実写版でもこの歌は歌われますが、これより全面に押し出されるのはジャスミンのフェミニストとしての発言です。彼女は ‘わたしはもう黙っていない‘(I won’t be speechless)と歌います。(いずれも谷林試訳)

Here comes a wave meant to wash me away
A tide that is taking me under
Swallowed in sand, left with nothing to say
My voice drowned out in the thunder
But I won’t cry
And I won’t start to crumble
Whenever they try
To shut me or cut me down
I won’t be silenced
You can’t keep me quiet
Won’t tremble when you try it
All I know is I won’t go speechless
(中略)
Written in stone
Every rule, every word
Centuries old and unbending
“Stay in your place”
“Better seen and not heard”
But now that story is ending        

私を押し流す波がやってくる
波が私を引きずり込もうとする
何も言えないまま、砂に飲み込まれ
私の声は雷鳴にかき消される
私は絶対に泣かない
くじけたりもしない
彼らがどんなに試みようとも
私を黙らせ、追いやろうとしても
私は絶対に黙らない
私を黙らせることはできない
彼らが私を黙らせようとも、私は絶対に恐れない
私は絶対に黙ってなんかいない
(中略)
石に刻まれた
あらゆる法律と規則
昔から何世紀も破られなかった
「わきまえろ、おまえの場所から出るな」
「女は観賞用だ、意見など聞かない」
でも今やそんなシナリオは終わりよ

実写版のジャスミンはドレスの露出もアニメより少なく知的であり、「結婚相手は父親の決めた男性ではなく自分で決める」と言明するのはアニメと変わりませんが、それ以上に彼女は「私は王妃になるのではなく、国民のために国を統治する国王(サルタン)になる」と決意を口にします。彼女を支えるのは侍女のダリアですが、この役はアニメには存在しませんでした。二人は階級こそ違いますが、ダリアはジャスミンの夢を実現させるのに大いに助けになるのです。父親と彼を支持する側近のジャファーに代表される父権的アラブ社会がジャスミンの前に立ちはだかりますが、そこに登場するのがナイーブなアラジン。こそ泥をして生計を立てているがアラジンは魔法のランプの手を借りて隣国のプリンスに変身しますが、無知な彼が次第に自信をつけていく成長物語もこの実写版の脇筋の一つです。彼は最初はジーニーの魔法を借りないと行動できませんが、ジャスミンこそが自分の理想とする女性だと気づくと同時に、ジーニーを魔法の力から解放しようとします。

以上のようにこの実写版はジェンダー思想を全面に押し出し、いままでのディスニーアニメにはなかった、女性が父権制社会の法律に挑戦し、王である父を説得してリーダーシップをとるという意味で新しい作品です。またジャスミンとダリアの関係はアナとエルサのシスターフッド(女性同士の連帯)とつながるところがあります。さらに文化多様性という観点からいうと、有名俳優はジーニーを演じたウィル・スミスだけ、彼はアフリカ系です。ジャスミン役のナオミ・スコットはインド系イギリス人、アラジン役のメナ・マスードはエジプト生まれのカナダ人、ダリア役のナシム・ベドラドはイラン生まれのアメリカ人というように多様ですが、ジャスミンに求婚する隣国の王子は一見したところアラブ風の豪華な衣装を身につけた白人男性であり、人種的に一ひねりがあります。

日本では好ましい批評が多く見られ、興行的にも成功しているようですが、NYTimes をはじめとする海外の批評はおしなべてあまりよくありません。商業主義に走りすぎてCGを駆使したために台無しになったとか、ジーニーの主人公たちへの関わり方が不自然で(けっこう策略家で人間的、悪役のジャファーがジーニーではなく宇宙最強の魔神に変身してしまうなどの度が過ぎている、さらに個人的にはよく出来ていると感じた虎や猿やオウムが全くリアリスティックではないという批評など、好意的には捉らえられていませんでした。#Me Tooなどの運動が沸き起こっている現代を反映しているという点で、ジャスミンの歌と言葉は説得力があります。