大妻多摩中学高等学校

【校長室より】ナナロク社-谷川俊太郎さんの本

ナナロク社-谷川俊太郎さんの本

このたび大妻多摩高等学校創立30周年を記念して、大妻多摩中学高等学校の校歌の作詞を詩人の谷川俊太郎さん、作曲をご子息でジャズピアニストの谷川賢作さんにお願いし、11月8日にお二人をお招きして、多摩体で新校歌発表会が盛大に開かれました。その模様と、新校歌の歌詞はこちらからご確認いただけます。

谷川さんに作詞をお願いすることが決まる前から、私も谷川さんの詩やスヌーピーなどの翻訳などには親しんでおり、谷川さんが紡ぎ出す日本語の美しさ、朗読したときの読みやすさ、そしてなにより、言葉から感じ取れる力強い生命力とエロチシズムに心を揺さぶられてきました。

2018年9月には、表紙をうさぎのミッフィで有名なディック・ブルーナが描いた『バウムクーヘン』という詩集が出版されました。白地に黄色の花の表紙、ラッパ水仙でしょうか。小型のこの本の表紙を開けると明るい黄色の見返しが目に飛び込んできます。表紙の角も丸ければ、中に入っている読書カードのハガキの角も丸い。ふつう平仮名だけの文は読みにくいはずなのですが、そんなことはない。平仮名とところどころ片仮名で書かれたこの詩集は、子ども向けの本というより大人向けの本なのです。

私はこの本の中の「せつな」という詩が好きです。

テーブルのうえにあったいちまいのかみ
へやのドアをあけたらふわりとゆかへ
くうきにささえられながら
みぎひだりにすべるようにゆれておちてゆく

そんなどうでもいいできごとがすき
なんでなのかわからない
おちるまえのみじかいじかんを
<せつな>というんだとセンセイがおしえてくれた

いをつけたら<せつない>じゃないか
すぐにすぎさってしまうから いまはせつない
れきしのほんがとりおとすせつなを
わたしはとりあえずいきています

インターネットの「谷川俊太郎*com」にはこの本の刊行を記念して、谷川さんがタイトルの由来を次のように書いています。渋谷の「ヒカリエ」が建っている場所は、以前は最上階にプラネタリウムのある東急文化会館があり、その一階にお菓子の「ユーハイム」の喫茶室があった。そこでは斜めにスライスされたバウムクーヘンにホイップクリームがたっぷり添えられてコーヒーと一緒に出されていて、(おそらく谷川さんが編集者との打ち合わせでそこをよく使ったかもしれない、というのは私の想像ですが)それで木の年輪を表わすバウムクーヘンをこの本のタイトルにしたのだと。「ヒトが木の年輪(バウムクーヘン!)のように精神年齢を重ねていくものだとしたら、現在の自分の魂の中にゼロ歳から今に至る自分がいてもおかしくありません」と谷川さんは詩集の裏表紙で書いています。

『バウムクーヘン』の装丁をしたのは名久井直子さんですが、谷川・名久井コンビでもう一冊ナナロク社から出版された詩集が『あたしとあなた』(2015)です。「B6判型上製クロス貼り 3C全面箔押し120ページ特製しおり付き」というこの本の美しい装丁は、谷川さんの詩を読んだ名久井さんが特別に編みだしたもの。「この言葉たちの動きや遠さや近さを、どうやって本という物質にしたらいいのか」悩んだ結果、この詩集のためだけの特別な紙を作るところから始めた、と名久井さんは「特製しおり」に書いています。カーキ色のクロス貼りに金とブルーと白の型押し、そしてこの詩集のために作られた薄いブルーのページをめくると、愛で結ばれた<あたし>と<あなた>が躍動してくる。1ページ目から読んでいった私は、この詩集は女である「あたし」が男の「あなた」に向けて書いたととっさに思いました。二人の年齢はそれほど若くはない、かといって年老いているわけではない。中年というにはもう少し若い、30代の男女かと勝手に想像をふくらませていくうち、「あたし」と「あなた」はある特別の二人の男女ではなく性別がニュートラルになる、そんな詩もあることに気づきました。詩集の最後に「あとがき」を見つけたのですが、そこには「……特定の人物を思い描いている訳ではない。性別も年齢も、物語のかけらのような情景も読者が自由に、そのときの気分で想像して楽しんでくれることを願っている」と書かれていました。現代詩はその日の気分で自由に読んでいいのだ、とそのとき思ったのです。

ところで、「ナナロク社」という出版社の名前、1976年創業かと思ったのですが違う。社長さんのお名前でもない。ブログを読んで「四コマまんが」を見たらますますわからなくなりました。出版物には詩集や写真集、エッセイ集など私の好みの本が多いのですが、不思議な名前の出版社です。