大妻多摩中学高等学校

【校長室より】『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』

ミュージシャンたちの魂の叫び『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』

1999年、ドイツ人映画監督ヴィム・ヴェンダースが製作した映画『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』がアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、世界的にヒットするとともに、中には90才を超えるバンドのメンバーたちは一躍脚光を浴びることになりました。もともとはギタリストのライ・クーダーがキューバを旅行した際に、地元民にしか知られていない歌手やミュージシャンとセッションしたことから、かつて実在した会員制音楽クラブの名をとって「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」というバンド名で売り出したところ大ヒットし、そのアルバムがグラミー賞を受賞したという背景があります。映画はこの経過をドキュメンタリー化したもの。登場する老ミュージシャンのほとんどは黒人との混血であり、彼らが活躍した1930年代は人種差別も激しく、肌の色でクラブは分けられ、黒人専用クラブは貧しい黒人労働者たちの社交場として栄えたといいます。

映画化から18年の歳月が経った2017年、かつての名だたるメンバーも亡くなり、平均73才の旧メンバーと新メンバーが「ソシアル・クラブ」としての活動に終止符を打つべく『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ★アディオス』と名付けて、世界ツアーを敢行、再びヴェンダースが製作総指揮し、ツアーの様子を個人のインタビューや歴史を織り交ぜながらドキュメンタリー映画として完成させました。

1492年、クリストファー・コロンブスのアメリカ大陸に至る航海でヨーロッパ人に発見されたキューバ島の先住民はインディオですが、彼らはスペイン人による植民地化に伴ってそのほとんどが強制労働または殺され、絶滅したということです。16世紀に入りキューバはアフリカからの奴隷を使ったサトウキビやたばこ栽培により繁栄します。1830年代からはスペインの抑圧に対して独立の機運が高まり、キューバ共和国は1902年に独立しますが、スペインの次にキューバを支配するようになったアメリカ資本により社会不安が増加して政変が繰り返されます。1940年にバティスタが大統領になりますが政情不安定は続き、1952年クーデターによりバティスタが一度は失った政権を奪取し独裁政権を樹立。しかし1959年にフィデル・カストロが2年余りのゲリラ闘争を経て革命政権を樹立し首相に就任すると、社会主義国家が誕生します。これに伴いアメリカとの友好関係は断絶、自動車をはじめとした工業製品をアメリカから輸入できなくなったキューバは国内での自動車の生産もままならなくなり、その結果、1959年以前にアメリカから輸入していた中古車しか市場に出回らなくなります。このようなわけでキューバというと、修理に修理を重ねた派手で大型のアメリカのクラシックカーが市街を堂々と走っている光景を今でも見ることができるのです。さてカストロ政権は彼が国家評議会議長を引退し弟のラウル・カストロが議長に選出される2008年2月まで続きます。アメリカのオバマ大統領はそれまでのキューバ敵視政策を転換し2014年には国交回復交渉を開始し、2015年7月の国交正常化に伴い経済制裁が緩和され、2016年には大統領がハバナを訪問しました。しかし大統領に就任したドナルド・トランプが2017年にキューバに対して再び経済制裁を強化し以来、アメリカ人の渡航制限を復活させて貿易や金融取引を規制、両国の関係は再び悪化しています。

キューバはその誕生から抑圧と差別、そして抵抗と革命の連続でした。首都ハバナはかつてはサトウキビとタバコ産業、そして現在は観光都市として知られるようになりましたが、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のメンバーのうち、88才の今でも歌手として活躍しているオマーラの白人の母は、黒人男性と恋に落ちたという理由から実家を勘当されたといいます。また1999年の映画『ソシアル・クラブ』に登場した当時90歳の歌手コンパイ・セグンドは公開と同時に世界的に有名になり、フィデル・カストロやヨハネ・パウロ二世にも讃えられたということです。彼らの音楽であるダンスソング「ソン」はソロ歌手とコーラスの掛け合い形式をとり、マンボやチャチャチャへと発展したといわれます。

キューバ音楽は16世紀以降、アフリカからの黒人奴隷の音楽に当時の支配者であるスペインの音楽、そして20世紀に入るとアメリカのジャズやブルースの影響によって独自の発達をしてきたといえるでしょう。その結実した音楽が「ソン」といえるのですが、その根底にあるのは抑圧された人々の魂の叫びといえます。アムステルダム公演に始まり、アメリカのカーネギーホールの公演で幕を閉じる1999年の『ソシアル・クラブ』の成功の後、この『ソシアル・クラブ★アディオス』では2015年にオバマ大統領に招かれてホワイトハウスで公演を行う貴重映像が織り込まれていますが、大統領と1人ひとり握手を交わしたバンドのメンバーたちにとって、混血大統領と白人観客の前での演奏は差別の終わりを感じさせる快挙に他ならなかったでしょう。ヴェンダースは『ソシアル/クラブ★アディオス』で現メンバーとこの18年間に亡くなったメンバーの演奏や言葉を通して、彼らが差別の歴史を乗り越えて「ソン」を歌い継いできたことを私情を挟むことなく撮影し、キューバ土着の音楽が歴史の流れの中でどのように注目され、そして白人文化に取り込まれていったかを描いています。