大妻多摩中学高等学校

【校長室より】『ベルリン・天使の詩』(1988)

Als das Kind Kind war,
ging es mit hängenden Armen,
wollte der Bach sei ein Fluß, der Fluß sei ein Strom,
und die Pfütze das Meer.

子どもは子どもだったころ
腕をぶらぶらさせて
小川は川になれ 川は大河になれ
水たまりは海になれ、と思った

「子どもは子どもだったころ」― ヴィム・ヴェンダース監督『ベルリン・天使の詩』(1988)

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ペーター・ハントケの詩「子どもは子どもだったころ」をペンで書き記す映像から始まる『ベルリン・天使の詩』。脚本はヴィム・ヴェンダース監督と彼の友人であるハントケの合作です。劇作家サム・シェパードと妻のジェシカ・ラングを起用した『パリ・テキサス』(1984)と『アメリカ、家族のいる風景』(2005)やキューバのサルサバンドを描いたドキュメンタリー『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(1999)など数多くのアメリカ映画の監督をしているヴェンダースは、ドイツのデュッセルドルフ生まれ。その彼が、1989年の壁崩壊前のベルリンをテーマに描いたのが『ベルリン・天使の詩』です。この作品でヴェンダースは第40回カンヌ国際映画祭最優秀監督賞を受賞しました。

天使というと背中に小さい羽根をつけた裸の幼児であったり、ギリシャ神話の女神を思わせる衣をまとった女性を連想しますが、この『ベルリン・天使の詩』の天使たちはロングコートを着た中年男性。彼らは廃墟の上から、または教会の尖塔の上から、さらに高い建物の上から地上の人々を見守り、互いに情報交換しながら、図書館で、サーカス小屋で、ビルの上で、苦悩に満ちた人々に寄り添い、彼らの心の声に耳を傾けています。彼らの目にはすべての風景はモノクロに映り、子どもには彼らの姿が見えますが、大人には見えることはありません。『刑事コロンボ』役のアメリカの映画俳優ピーター・フォークが撮影のためベルリンを訪れますが、かつて天使だった彼には、天使の姿は見えないまでも彼らの存在を感じることができるのです。永遠の幻である天使ダミエルが、背中に羽根をつけた空中ブランコ乗りのフランス人女性マリオンに恋をしたとき、彼の運命は変わるのです。

この作品が撮影された1987年にはベルリンはまだ東西に分断されていましたが、ヴェンダースはベルリンの街のあちこちにみられる天使像に魅せられ、ハントケの詩で綴られる作品を制作したといいます。映像は天使の心の動きとともに、ポツダム広場、ベルリン中央駅、戦勝記念塔、国立図書館、壮大なエスプラーデホテルなどベルリンの市街を映し出していきます。この作品は果たしてファンタジーなのか、天使の人間臭さを描いた作品なのか。以前この映画を見たときはなんとも眠くなってしまったのですが、改めてDVDで見直して、東西冷戦という歴史を背負ったベルリンの街と住民と天使とが極めてうまく融合したヒューマンドラマだと感じました。今や人間になったダミエルが、ロープ演技をするマリオンの綱を一生懸命引くしぐさに、愛する人のためにすべてを捧げる覚悟の男性の純粋さを見ました。(かつて天使だったのでピュアなのは当然なのですが)

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昨年末に私は生徒の交換留学予定となるドイツの学校を訪問し、大妻多摩へ留学を希望している3名の高校生と会いました。帰国後私は、彼女たちが来る10月までに日常会話程度のドイツ語をマスターしますとHPで宣言したのでした。私はすぐにドイツ語会話や文法の本を探したのですが、英語教材はあふれるほどあるのに、CDやDVDの付いたドイツ語教材が実に少ない。めぼしい数冊を注文しましたが、忙しさにまぎれてアマゾンから届いた教材を広げることもなく日が過ぎていきました。

そんなとき、確か授業参観日の時だったと思います。廊下であるお母様に呼び止められました。「ドイツ語の試験受けられましたか?」いやいや、わたしはドイツ語の勉強を始めるとは言ったけど、試験を受けるとまでは言っていなかったはず。「試験……ですか?」するとそのお母様はこうおっしゃったのです。「HPの記事を拝見しました。ドイツ語の勉強なさっているのですよね。私はドイツ映画が好きなので、セリフのドイツ語を理解したくて勉強をしているのですけど、校長先生がなさっているというので私も頑張ろうと思ったんですよ」確かにドイツ語を勉強しますとは言ったものの、実は勉強はまだでした。HPの私の記事を読んでくださっていたのですね。フランス語やスペイン語は発音や文法も英語と似ているので初級ぐらいは勉強しましたが、去年初めてドイツに行って、ドイツ語のスペリングや発音の難しさを痛感したものでした。

というわけで思い出したのがこの『ベルリン・天使の詩』。使用言語は主にドイツ語。マリオンはフランス語を話しますし、ピーター・フォークは英語を話します。映画のあちこちに出てくるハントケの詩のドイツ語による美しい響きが、ベルリンの街の風景に溶け合って天上の世界に誘われるようです。

廊下でお目にかかったお母様、学年もお名前も伺わなかったけれど、私もこの夏休みには必ずドイツ語の勉強を始めますよ!(詩はインターネットから写しましたが、間違っていたらご指摘ください。)