大妻多摩中学高等学校

【校長室より】本当は残酷な「ピーター・ラビット」

本当は残酷な「ピーター・ラビット」

20180604校長室より_ピーターラビット②

「ピーター・ラビット」シリーズを描いた作者ビアトリクス・ポターは、飼っていた動物を観察することによって、その動物がもつ自然な生態をスケッチしました。動物はペットとしてかわいがるだけではなく、世話を怠ると死んでしまうし、人間の食料にもなり得ることを彼女はよく理解していました。

シリーズの1作目『ピーター・ラビットのお話』(The Tale of Peter Rabbit)の1ページ目は「モミの木の根元の巣穴に4羽のウサギが母ウサギと一緒に暮らしていました」と始まり、2ページ目で、母ウサギは子どもたちに「マグレガーさんの畑に行ってはいけない」と注意する様子が描かれています。それは「あなたたちのパパはそこで事故にあって、マグレガーさんの奥さんにウサギパイにされてしまった」(Your Father had an accident there; he was put in a pie by Mrs. McGregor.)からなのです。子どもたちは物語の最初から自分たちは母子家庭であること、おまけに父親は人間に殺されて食べられてしまったと母親から告げられるのです。子どもの絵本としてはかなりショッキングな始まりです。そしてその後に母親は「いたずらするんじゃありませんよ」と子どもたちに言って外出します。つまり人間の畑に入っていたずらをするとパパみたいにウサギパイにされてしまいますよ、という警告なのです。英国ではかつては野ウサギを食用にしていたということですが、ゲーム・ミート(フランスではジビエ)といって、牛・豚・羊・馬などの家畜以外の鳩やカモ、鹿やイノシシなどの野生の動物を食用にすることはよくあります。私は馬でさえ姿を思い浮かべると食べるのを躊躇してしまいます。

2作目の『ベンジャミン・バニーのおはなし』(The Tale of Benjamin Bunny)は1作目の続きです。ジャケットをなくしたピーターは、行ってはいけないと言われているのに、いとこのベンジャミンと一緒にマグレガーさんの畑に行き、おいしいレタスを食べたりタマネギをたくさん盗んだあと、行く手をさえぎる猫を見つけ、飛び掛かって猫の毛をつかむと一握りむしり取ってしまいます。(本文にはタマネギを盗んだとは書いてありません。お母さんのおみやげにすると書いてあります。)この二人はあとでベンジャミンのお父さんのバニーさんからきついお仕置きを受けますが、猫の毛をむしり取るとはなんて乱暴なのでしょう。猫にとったらいい災難です。

『こわいわるいうさぎのおはなし』(The Story of Fierce Bad Rabbit)では、良いウサギの人参を横取りしたりひっかいたりする悪いウサギは、鉄砲を持った男(猟師)に撃たれてしまいます。しかし男が見つけたのは仕留めたウサギではなくて人参とモフモフのしっぽだけでした。最後のページには「ひげもしっぽもなくして、つるっとなった」(いしいももこ訳)悪いウサギが走って逃げるイラストが描かれています。この様子を穴からじっと見ていた良いウサギにとっての教訓は「意地悪をすると罰が当たる」ということです。

『ひげのサムエルのおはなし』(The Tale of Samuel Whiskers or The Roly-Poly Pudding)はもっと残酷です。猫のタビタさんにはモペット、ミトン、トムという3匹の子猫がいます。3匹ともとてもやんちゃでお母さんの目を盗んでいたずらをしますが、彼らの敵はネズミ。お母さんはトムがネズミに捕まったのではないかと心配します。お母さんはときには子ネズミを7匹も捕まえて「夕ご飯にしたことがある」のですが、今はトムの行方が気になって仕方がない。実は、トムは大きな大人のネズミのサムエルに捕まってしまい、紐でぐるぐる巻きにされた上に、全身にバターを塗られ、練り生地で包まれると麺棒で伸ばされていたのです。ネズミたちの大好物「猫巻きケーキ」の完成です。トムは危ないところで助け出され、練り生地を取りはずしてもらい、バターや粉だらけの体を洗ってもらいます。はがした練り生地にはレーズンを入れて蒸しパンにしました。頭から足の先まで紐で結わかれたトムのイラストは、まるでオーブンに入れる前のローストビーフか焼き豚のようです。母さん猫は子ネズミを夕食のおかずにし、大ネズミは子猫を捕まえてロールケーキにしてしまうとはずいぶんと恐ろしい話だと思いませんか?タイトルの“The Roly Poly Pudding”とはジャムをはさんで蒸したロールケーキのようなものです。

「ピーター・ラビット」のこの残酷さは、動物と人間の関係や動物の生態を正確に伝えるというほかに、いたずらをしたりルールを守らないとひどい目にあうという教訓も含まれていると思います。英国の子どもたちが小さいころから聞かされる「マザー・グース・ナースリーライム」には、なぞなぞやナンセンス、歌いながら輪になって踊る楽しい唄もたくさんありますが、実は歴史的な事件を扱っていたり残酷な内容があったりと決して子どもを対象にしたものではないことがわかります。その一節はしばしば小説や新聞の見出しに使われ、だれでもその一節を読んだだけで意味を理解するほど英国文化に深く浸透しています。

「ウサギパイ」と似ているのが「ツグミパイ」です。これは「6ペンスの唄」に出てくるのですが、こんな唄です。

Sing a song of sixpence, A pocket full of rye,
Four and twenty blackbirds, Baked in a pie.

When the pie was opened, The birds began to sing,
Was not that a dainty dish, To set before the king.

6ペンスの唄を歌おうよ、ポケットいっぱいのライ麦と
24羽のツグミを入れたパイをオーブンに入れて焼いた
パイを切り分けたらツグミたちが歌い始めた
王様にお出しするのにぴったりのおしゃれなパイじゃないか

日本では‘blackbird’を便宜上「ツグミ」と訳しているようですが、日本のツグミとは異なり、本来「クロウタドリ」と訳す方が良いようです。この唄は生きたままツグミをパイの中に入れて焼いて、切り分けたら中から飛び出して鳴いたという内容です。日本でも雀を焼き鳥にする雀焼きというのがあるぐらいですから、ツグミをパイに入れるのもありなのでしょう。

「マザーグース」の唄としてよく知られている「ロンドン橋」は、子どもたちが手をつないでぐるぐる回る遊び唄ですが、橋が壊れずに長持ちするようにと、建設する際にその基礎部分に生身の人間を人柱として立てたという説もあります。また「落ちたら壊れるもの、それは卵」というなぞなぞの「ハンプティ・ダンプティ」は、推理小説や新聞の見出しなどによく使われますが、いったん壊れたら元には戻れない、取り返しがつかないという意味に使われます。またミステリー作家、アガサ・クリスティ作の『そして誰もいなくなった』では、‘Ten Little Indian Boys’の唄どおりに登場人物が一人ずつ殺されていきます。このように、英国の子ども文化の中には伝統的にかわいいものと残酷なものが同居しており、赤ん坊がぐずったらマザーグースの唄でやさしくあやすというより、唄によって生きる上での厳しさを暗に教えているような気がします。

湖水地方の動物たちの生態を十二分に表現した「ピーター・ラビット」シリーズ。今回の映画化でも動物たちは人間の手によって危険にさらされたり、あるいは反撃して人間を懲らしめたりします。表情豊かで人間味あふれる(?!)彼らはどのような活躍を見せてくれるのでしょうか。