大妻多摩中学高等学校

【校長室より】ピーター・ラビットとビアトリクス・ポター

ピーター・ラビットとビアトリクス・ポター

20180517校長室_ピーターラビット①

世界中で一番有名なウサギのお話「ピーター・ラビット」の実写映画が公開されています。今までもアニメーションや作者の生涯などが映画化されましたが、今回の「ピーター・ラビット」は今までの映画化とはちょっと違うらしい。ピーターをはじめ動物たちがまるで生きているように動き回り、その上彼らはとんでもなくいたずら好きらしいということなのです。それでは映画を見る前に、「ピーター・ラビット」とはどんなお話なのか、どんな人が書いた(描いた)のかなど、いくつかの情報を押さえておきましょう。

絵本「ピーター・ラビット」シリーズの第一作目の『ピーターラビットのお話』(The Tale of Peter Rabbit)は、1901年作者ビアトリクス・ポターが彼女の友人や親戚のクリスマスプレゼントとして贈るためにたった250部刷られたといいます。それは彼女が35歳のときでした。プレゼントとして使われなかった本が販売に出されると、この子ども用の小さくてかわいい本はたちまち評判になって増刷に増刷を重ね、以来、ピーター以外にもベンジャミン・バニーやリスのナトキン、ひげのサムエルなどを主人公として、いくつものお話が生まれました。出版社は大型の高価な本を作りたかったといいますが、ビアトリクスは子どもが手に持って読めるサイズの小さくて安い本にするべきだと考えたということです。

実は「ピーター・ラビット」シリーズの元になるお話は、ビアトリクスのかつての家庭教師のアニー・ムーアの息子ノエルにあてて書かれたものでした。

 

My dear Noel,

I don’t know what to write to you, so I shall tell you a story about four little rabbits whose names are Flopsy, Mopsy, Cottontail and Peter.

They lived with their mother in a sand bank under the root of a big fir tree.

親愛なるノエルへ、

何を書いて良いかわからないので、4羽の子ウサギの話をしましょう。名前はフロプシー、モプシー、コトンテイルとピーターです。彼らは大きなモミの木の根っこの下にある砂の土手の巣穴にお母さんウサギと一緒に暮らしていました。


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ロンドンの裕福な家庭に育ったビアトリクスでしたが、当時のヴィクトリア朝のイギリスでは、上中流階級の家庭がそうであったように、子どもの養育は乳母と家庭教師にまかせられており、ビアトリクスは一日のほとんどの時間を子ども部屋で乳母たちと過ごさなくてはなりませんでした。中産階級以上の女性が職業をもつことをはばかられていた時代に、家庭教師という職業は牧師の娘など教育を受けた女性が自立するための世間体の良い仕事でした。小説のジェイン・エアや映画のメアリー・ポピンズも家庭教師です。5歳年下の弟バートラムが11歳になり寄宿学校に通うようになっても、女子のビアトリクスは学校に通うことはなく、家庭教師からさまざまな教科を習ったのです。(1866年生まれのビアトリクス、そして1884年生まれの大妻コタカ。コタカの方が20年ほど後に生まれていますが、この二人はほぼ同時代を生きたことになります。当時は英日いずれの国でも、女子が高等教育を受けることについて社会は寛容ではありませんでした。)

そんなビアトリクスの楽しみは動物を飼ってはスケッチすること。その動物が死んでしまうと彼女はそれを剥製にしたり、骨格をスケッチしたりしました。また彼女は家族が夏を過ごすスコットランドや湖水地方の自然に親しみ、毛虫から蝙蝠などあらゆる動植物のスケッチ、とりわけ菌類やキノコの絵をたくさん残しています。彼女は独自にキノコの研究をして論文も書いていますが、女性であるために、発表を希望しても学会に認められなかったといいます。

ビアトリクスは20代の初めごろ、ロンドンのペットショップで一羽のウサギを買います。ベンジャミン・バウンサーと名付けたそのウサギをモデルに彼女はたくさんのスケッチを描き、そのスケッチをもとにクリスマスカードが作られ、こうして彼女は挿絵画家としてのスタートを切るのです。39歳の時の婚約者の死を乗り越えて湖水地方の二ア・ソーリー村に移り住んだビアトリクスは、その地で自然保護のためのナショナル・トラストの活動に熱心に取組み、彼女の自然保護運動に共感した弁護士ウイリアム・ヒーリスと47歳で結婚。晩年は広大な土地を購入して農業や畜産に従事し、牧羊家としてその名を残すまでになりました。

私たちはイギリスを訪れると、行く先々でナショナル・トラストの存在を知ることになります。正式名称は “National Trust for Places of Historic Interest or National Beauty” (歴史的建造物や自然の景勝地のためのナショナル・トラスト) といいますが、1895年に社会奉仕家オクタヴィア・ヒル、弁護士ロバート・ハンター、湖水地方の鉄道建設に反対した牧師ハードウィック・ローンズリーによって設立されました。ビアトリクスは父の主催するサロンに出入りする作家や芸術家のなかで、とりわけ環境保護に熱心なローンズリー牧師一家と親しくなり生涯にわたる影響を受けます。イギリスでは領主が住んだマナハウス(荘園)や邸宅、庭園がナショナル・トラストとして管理運営されており、寄付や来場者の入場料によって維持管理がなされています。ビアトリクスの住まいであるニア・ソーリーの「ヒル・トップ」は、彼女の死後、ナショナル・トラストに寄付され、ナショナル・トラストによって管理されることになりました。私もイギリスを旅行したときに湖水地方まで足を伸ばし、「ヒル・トップ」を訪れましたが、庭も垣根もすべてが「ビーター・ラビット」シリーズの登場人物がそこにいるように絵本と同じ姿で保存されています。日本でしたらその脇にピーターラビットの本やぬいぐるみやグッズ売る店が出来るだろうと思われますが、ビアトリクス亡き後、「ヒル・トップ」はピーターはじめ動物たちの居心地のよいすみかになっていました。

「ピーター・ラビット」シリーズに登場する動物たちは洋服を着ていますが、動物は動物らしく、その動物がもつ特性や生態が忠実に再現され、それはビアトリクスが幼少期から動物たちを観察してありのままの姿を写実的に描いていたからでしょう。彼らは人間と共存するというより、敵対関係にもありますが、そこには親の言いつけを守らずに無茶な行動をすると危険な目に遭うという教えもこめられているのです。