大妻多摩中学高等学校

【校長室より】MCU10周年

MCU10周年

20180511校長室より_アベンジャーズ①

MCUとは、DCコミックスとマーベル・コミックスというアメリカの二大コミックス会社のうち、同じ世界観を持ち、シリーズものとして映画化された作品群‘Marvel Cinematic Universe’のことです。軍事企業CEOであり天才的兵器開発者であるアイアンマン、第二次世界大戦のヒーローであり愛国心の塊のキャプテン・アメリカ、科学者だが怒ると緑色の巨人に変身する超人ハルクなどが集結して敵と戦うというMCU。2008年の『アイアンマン』公開からこのほど10周年を迎え、ソコヴィエ協定によりアイアンマン派とキャプテン・アメリカ派に分れていたアヴェンジャーズが再び力を合わせて、巨大な力を持つサノスと戦う『アヴェンジャーズ・インフィニティ・ウォー』(直訳すると、「復讐者、終わりなき戦い」)が公開中です。

1930年代に生まれたアメリカン・コミックスは、敵から地球市民を守るスーパーヒーローを主人公とした32ページの漫画雑誌として、アメリカ社会の変化に敏感に反応しながら今まで読み継がれてきました。一時は第二次大戦や検閲制度によって過激な表現は抑えられ、コミックスそのものもアンダーグラウンドの世界に入り、一般大衆の目から遠のいた時期もありましたが、戦後、映画・テレビシリーズ化され、現代では再びその映画シリーズが「スター・ウォーズ」シリーズをもしのぐ興行成績をあげています。

スーパーヒーローというとまずスーパーマンとバットマンが頭に浮かびますが、この二人はDCコミックスのヒーローですので、いくら有名でもMCUには登場しません。これまでたった一人で敵を倒してきたスーパーヒーローが集団で行動するのは、2001年の9.11後に出版されたマーベル・コミックスの「911追悼号」が初めてだと私は思っていました。この号では、911の悲劇を予測も阻止も出来なかったスパイダーマンを始めマーベル・コミックスのヒーローたちが、消防士や一般市民と協力してニューヨークの再生に立ち上がるというストーリーです。

もともと単独で戦ってきたスーパーヒーローたちが集まるとか分裂するというコンセプト自体違和感を覚えますが、MCUは世界平和を希求し、敵から地球を守るという共通の使命のもとに主要登場人物を変えてストーリーが発展すると、その敵は地球を越えて銀河系宇宙にまで広がっていきます。そして10周年を迎えた今回の作品では、6つのインフィニティーストーンを集めて宇宙制覇を計ろうとするサノスとアヴェンジャーズとの戦いが描かれます。登場以来アイアンマンを演じ続けているロバート・ダウニーJr.、キャプテン・アメリカを演じるクリス・エヴァンズ、ブラック・ウィドウを演じるスカーレット・ヨハンソンのような人気俳優に、ドクター・ストレンジを演じるベネディクト・カンバーバッチが加わり、アメコミの世界を超えて一大宇宙叙事詩が描かれますが、今回のエンディングで観客は茫然自失の状態に追い込まれます。この続きは来年公開の「アヴェンジャーズ」続編でということになるのだそうですが、冷静に考えてみると、娯楽とはいえその財力と宇宙を支配する軍事力など、アメリカの力をこれでもかと見せつけられる作品です。(愛国心をかき立てるアメリカ産のミュージカルの多くのエンディングに、舞台一面に巨大な星条旗がはためくのと似ていると思います。)

個人的には、遺伝子組み換えのクモに刺されて超能力を得た高校生ピーター・パーカーが変身するスパイダーマンが好きなのですが、今回スパイダーマンは成熟したスーパーヒーローから見ればまだまだ若造、足手まといでしかありません。アイアンマンやハルク、キャプテン・アメリカのようにその出自に特殊な背景をもつというより、スパイダーマンは、叔父の死に責任を感じているごく普通の高校生が、スーパーヒーローになってニューヨーク市民の窮状を助けるというところに多くの読者や観客が共感したのです。ところで、「スパイダーマン」、「ハルク」、「ドクターストレンジ」の生みの親であるマーベル・コミックスのスタン・リーは95歳にして本作にカメオ出演しているとか。もちろん映像で彼の姿を見つけることは出来ませんでしたが。「アヴェンジャーズ」シリーズを久しぶりに見て気付いたことがあります。それはアイアンマンたちが現代社会に生きるニューヨーカーとして登場するときはふつうの口語体、そして彼らがアヴェンジャーズとして宇宙で活躍するときはシェイクスピア劇のように韻文で話すということなのです。彼らの共通語としての韻文はより荘重に聞こえるから不思議です。アメリカ映画に特徴的な家族(今回は父と娘、夫婦、姉妹など)も描かれているのでその点も気にかけながら見ると面白いと思います。