大妻多摩中学高等学校

【校長室より】ファンタジー小説の女王

ファンタジー小説の女王、アーシュラ・K・ル=グウィン

20180210校長室より_ゲド戦記
映画「ゲド戦記」パンフレット

アメリカのSF作家であり、ファンタジー小説の作家でもあるアーシュラ・K・ル=グウィンが、1月22日に住まいのあるポートランドで亡くなったというニュースが飛び込んできました。『ニューヨークタイムズ』によれば、ここ数か月健康を害していたとのこと、88才だったということです。

文化人類学者の両親のもとに生まれたアーシュラは、子どものころから神話や伝説、妖精譚やおとぎ話に親しみ、両親の影響もあり10代のころから小説を書き始めたということです。ドラゴン、魔法使い、両性具有、宇宙船の共存する独特の世界観をもち、ラディカル・フェミニストとしても知られています。代表作に『影との戦い』(A Wizard of Earthsea, 1968)、『闇の左手』(The Left Hand of Darkness, 1969)、『天のろくろ』(The Lathe of Heaven, 1979)、1968年から2001年まで続いた「ゲド戦記」(Earthsea)シリーズなど。全米図書賞児童文学部門、ネビュラ賞長編小説部門をはじめニューベリー賞など多数受賞。「アースシー」を舞台とした魔法使いゲドの物語「ゲド戦記」の第三巻『さいはての島へ』を原作とし、宮崎駿が翻案した『ゲド戦記』は、宮崎吾朗監督・脚本により2006年に映画化されました。

★★★★★

He was a good husband, a good father. I don’t understand it. I don’t believe in it. I don’t believe that it happened. I saw it happen but it isn’t true. It can’t be.

「彼はよい夫で、よい父親でした。私は理解できません。私にはそれが信じられません。私は起きたことが信じられません。それが起きるのを見ましたが、真実ではないし、真実であるはずがないのです」という妻の告白から始まる“The Wife’s Story”(「ある妻の話」)は私の好きな短編のひとつです。

私が彼と会ったのは森の中、彼は狩りの帰り道でした。獲物が取れなくてもがっかりする様子もなく、彼はいつも陽気ではつらつとしていました。私が彼を好きになったのはそういう彼のおおらかさでした。間もなく私と彼は一緒に暮らすようになり子どもも生まれました。彼は大柄でハンサムで仕事熱心だったので仲間からも尊敬され、夜の集会で彼が歌うと、特に満月の夜など、みんなも彼に合わせて歌ったものでした。ただし、私は彼の様子に何か秘密があるのを感じたのも確かでした。夜が明けると、彼は狩りに行くと言っては一人で出かけることがあり、くたくたに疲れて帰宅するのですが、わたしは彼の体から発せられる匂いにぞっとしました。あるとき末の子どもが、帰宅した夫を恐怖のまなざしで見つめおびえて震えだしたのです。私は何が起きたのかわかりませんでしたが、ある朝、私は彼がおぞましい姿に変化するのを盗み見てしまったのです。彼の手足が長く伸び、体から毛がなくなり、すべすべの白い肌に変わり、顔も平たくなったかと思うと、とがっていた鼻はみじかくなり、目は青くなりました。彼は二本足で立っていたのです。

もうお分かりになったでしょうか。本文中にはひとことも触れていませんが、語り手の「私」は実は狼であり、最愛の夫は「狼男」ならぬ「人狼」だったのです。「狼男」は満月の晩に人間から狼に変身すると言われていますが、この夫は夜間は狼として狩りをして、太陽が昇ると「人間」になる、そういう「人狼」だったのです。ネタばらしをしてしまいましたが、実は狼と人間とは敵同士、狼は銃を持った人間に追われます。しかし、この物語で人間の姿になった狼は、仲間の狼の群れに食い殺されてしまいます。ボス狼だからこそ夫として愛情を注いでいた「私」も、人間に変わった夫の姿を見ても敵としての感情しかわかず、血だらけの彼を見捨てたまま仲間の狼たちとともにその場を去るという皮肉な物語です。

最初は、妻が理解できなかった「それ」について、謎解きのような簡潔な文が続き、そのうち徐々にミステリー仕立てになります。「私」と子ども、「私」と姉の強い絆も明らかになり、ボス狼を頂点とした母系集団の存在が暗示されます。ペーパーバックにして5,6ページですが、夫が人間に変化していくさま、そして狼の群れに襲撃されるスピーディな展開は、短編作家としても知られているル・グウィンの巧みなテクニックが感じ取れます。翻訳よりも英語で読んだ方がはるかにわくわく感がありますので、読みたい方は私のところまで来てください。英語のテキストをコピーして差し上げます。