大妻多摩中学高等学校

【校長室より】センス・オブ・ワンダー

自然の驚異に対する感性 センス・オブ・ワンダー

レイチェルカーソン①

幼いころから自然に親しむとともに読書が大好きで、将来作家になろうと思っていたレイチェル・カーソンは、高校を卒業するとピッツバーグにあるペンシルヴァニア女子大学に入学します。1925年当時、高校を卒業するということはおおかたの女性にとって結婚か仕事かの選択を迫られていた時代です。彼女は大学で文学を専攻し、校内新聞などに寄稿してその腕を磨いていましたが、生物学の先生の影響から、専攻を生物学に変更する決心をします。女子学生は文学部、生物学は男子学生が専攻する分野と思われていた時代でしたから、この専攻変更は大学の教授や学友の間でも話題になったといいます。しかし彼女は科学の研究に夢中になり、大学卒業後は奨学金を得てジョンズ・ホプキンズ大学大学院で海洋研究をするようになります。

もちまえの文才と海洋生物学者としての専門的視点から、カーソンは『潮風の下で』(Under the Sea Wind, 1941)、『われらをめぐる海』(The Sea Around Us, 1951)、『海辺』(The Edge of the Sea, 1955)などを次々と出版し、いずれもベストセラーになりました。1962年、DDTなどの合成殺虫剤の環境破壊について著した『沈黙の春』が出版されたとき、カーソンの体は癌に侵され、自らの命が残り少ないことを悟っていました。彼女は生涯最後の仕事として、姉の娘の遺児ロジャーのために自然の驚異について本を書き残そうと決心します。それが『センス・オブ・ワンダー』(The Sense of Wonder, 1965)です。

ある秋の嵐の夜、わたしは生後20か月の甥のロジャーを毛布にくるみ、雨の降る暗い海辺に下りて行きました」(One stormy autumn night when my nephew Roger was about twenty months old, I wrapped him in a blanket and carried him down to the beach in the rainy darkness.)(実際には姪の息子ですが、本文では甥と書かれています)という文から始まる『ワンダー』は、成長するロジャーを伴う海辺の自然観察の記録でもあるのです。夜も昼も、嵐の日も晴れの日も、カーソンは幼いロジャーとともに海辺の散策を楽しみます。カーソンが教えたわけでもないのにロジャーは動植物の名前を覚えていきます。

カーソンが伝えたかったことは自然の素晴らしさと自然観察の楽しさ、そしてなにより、大人になると失われる自然の不思議に対する直観力(センス・オブ・ワンダー)についてでした。

こどもの世界は新鮮で常に新しくて美しく、驚きと興奮で満ちあふれています。私たちの大部分は大人になる前に、明晰な洞察力、美しいものや畏怖の念に対する直観力が、鈍感になるか失われてしまうのは残念なことです」(A child’s world is fresh and new and beautiful, full of wonder and excitement. It is our misfortune that for most of us that clear-eyed vision, that true instinct for what is beautiful and awe-inspiring,is dimmed and even lost before we reach adulthood.)

カーソンの死の翌年の1965年、ロジャーに向けて書かれたこの本は、友人たちの手によって写真入りの美しい本として出版されました。A4版の初版本は今私の手元にはありませんが、現在入手可能な小型のペーパーバックは、こどもだけが気づく自然の美しさ、不思議さがやさしい文章で書かれていますので、みなさんもぜひ一度手に取ってみてください。