大妻多摩中学高等学校

【校長室より】「いのちの授業」と「いのちと時間」

日野原重明先生の「いのちの授業」と「いのちと時間」

 

日野原重明氏①

2017年7月に105才で亡くなった聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏。10代のこどもたちに向けて本を書き、95才ごろから全国の小学校を回って小学生たちに「いのちの授業」をしていました。先生が授業のはじめに必ずすることは、その学校の校歌を指揮して生徒たちに歌ってもらうことだといいます。実際には授業の依頼が来ると、事前に校歌の楽譜を送ってもらい指揮の練習をするそうですが、生徒たちは先生が校歌を知っていることにびっくりしながらも楽しく校歌を歌います。

授業には何本も聴診器を持って行き、こどもたちに互いにの心臓の音を聞かせて、「いのち」「生きていること」を自覚させます。先生は「いのちとはなんだろうか?」とこどもたちに問いかけます。それから「いのち」とは「自分が使える時間」だということを伝え、成長過程において、こどものころはそれを全部自分のために使えるが、成長して大人になったら、自分の使える時間を、少しでも自分のためではなくてほかの人のために使ってほしいと話します。

こどものころは健康な体を作るために食事をし、知識や経験を増やすために勉強をしますが、大人になったら自分の時間を他人のために、身近な人たちだけでなく見知らぬ他人のために、それも日本だけでなく、世界中の助けを待っている人たちのために使ってほしいと言います。発展途上の国々では水や食べ物が十分取れない人々がいます。またご存知のように世界各地で紛争が起き、祖国を追われた難民もたくさんいます。戦地に赴かなくても困っている人たちのためにあなたたちができることはたくさんあるのです、と。

さらに日野原先生は、世の中をよくするために、具体的に言うと、世の中から争いや憎しみをなくすためには、こどもたちには二つのことを分かってもらいたいと話します。それは「ゆるしの心を持つこと」と「大人になったら人のために自分の時間を使えるような人になること」だといいます。自分が長生きしてよかったことは何かと聞かれたとき、それは「長生きすればするほど、たくさんの時間を人のために使えるから」と答えています。

同じようなことは大妻学院の創立者大妻コタカ先生にも当てはまります。先生は勉強したい、裁縫の腕を上げたい一心で上京し、経験を積むと自分が得た技術をこどもたちに教えたいと考えて学校を創立しました。単に知識や技術を教えるというより、少女たちが大人になって経済的に自立できることが先生の最終的な目的でした。また先生はご主人の大妻良馬先生が亡くなられたときに、一切の私財を学校に寄付して、生涯を女子教育に捧げようと決心します。コタカ先生が晩年にお書きになったこのような文があります。「今は唯一つ健康でありたい。八十八までも百までも、健康でこの道一筋に生きたい。自分をみつめながら今まで見残した新しい自分を見出して、少しでもよりよい自分を作り上げて、少しでも多くの方々のお役に立たせて頂くために努力したいと願うばかりです」(『母の原像』)自分のことはさておいても、人のために役に立ちたいという気持ちがこのような文を書かせたのでしょう。

日野原先生もコタカ先生も与えられたいのちをまず自分のために使い、大人になってからは自分の使える時間を少しでも自分以外の人のために使い、さらに長生きすることのメリットは、人のために使える時間をたくさん持てることだというのです。日々の忙しさに追われ、余裕がないとどうしても自分のことばかり考えてしまいます。人のために自分の時間を使うというお二人の生き方、年齢を重ねて多くの経験をした方の言葉は説得力があると改めて感じました。