大妻多摩中学高等学校

【校長室より】ハローキティは世界のアイドル

ハローキティは世界のアイドル――『なぜ世界中がハローキティを愛するのか?』

キティ①

キティの身長はリンゴ5個分の高さ
体重はリンゴ3個分の重さ

日本のKawaiiを世界中に発信している「ハローキティ」の研究書が2017年5月に翻訳出版されました。原題はPink Globalization —– Hello Kitty’s trek across the Pacific (2013)。直訳すると「ピンク・グローバリゼーション――ハローキティの太平洋をわたる旅」です。キャラクターグッズが世界中で売られ、日本はもとより世界中で知らない人はないハローキティ。多摩センターの「サンリオピューロランド」は国内外の多くの観光客を集めており、日本文化に浸透しているハローキティですが、今まで日本語ですらこのような研究書が出版されなかったのは不思議です。著者はハワイ大学人類学部教授のクリスティン・ヤノ。名前からわかるように日系アメリカ人です。彼女は大衆文化、民族文化、マイノリティ、階級などの研究で人類学博士号を取得しており、10年以上にわたるキティ研究の第一人者ということから、2014年8月にロサンゼルスで行われたハローキティの40周年記念展示会の監修を依頼されました。そのとき彼女の企画書(解説)の中でサンリオから訂正された箇所が一つあったといいます。それは「ハローキティは猫ではなくて人間の女の子」だということなのです。

“That’s one correction Sanrio made for my script for the show. Hello Kitty is not a cat. She’s a cartoon character. She is a little girl. She is a friend.”

彼女がロサンゼルス・タイムズのインタビューでこのことを話したとたん、世界中に衝撃が走りました。

「ハローキティは猫じゃなかったの???!!!」

キティマニアなら知っていることかもしれませんが、ハローキティが猫だと思っていたわたしもびっくりしました。なるほど、オフィシャルHP(英語)には次のように書いてあります。本名はKitty White、誕生日は11月1日、血液型はA型。黄金のハートを持った陽気でハッピーな女の子(猫ではない!)。ママ(Mary White)とパパ(George White)と、双子の妹Minnyと一緒にロンドン郊外に住んでいます。身長はリンゴ5個を積み重ねた高さ、体重はリンゴ3個分の重さで好物はママの作ったアップルパイ。Charmy Kittyという猫とSugarというハムスターを飼っています。

「ハローキティはイギリス人の女の子???ペットが猫???」

実はハローキティのプロフィールは、当時低迷していたキティの人気を取り戻すべく1980年に三代目デザイナーに任命された山口裕子さんの頭にふと浮かんだことが元になっています。キティの「育ての親」である山口さんは今やカリスマデザイナーとして超有名ですが、彼女の著書『キティの涙』(集英社、2009)によれば、キティのデザイナーを任されたときに想定したのは「ハローキティ。ロンドン郊外に生まれる。イギリスの児童文学『鏡の国のアリス』に登場する猫の名前にちなんで名付けられた。家族はパパとママ、双子の妹のミミィ….。キティの憧れはピアニストになること」でした。ちなみにこの本のタイトルの『キティの涙』とは、山口さんが日本中、世界中でキティのサイン会をしたさいに、彼女とキティを待ってくれていたファンに会ってキティが流した涙とのこと。口がない無表情なキティが30年以上たって流すうれし涙なのです。

山口さんによれば、キティに口がないのは「人が見て、そのときのキティの気持ちを想像してくれたらいい」からだといいます。

さて、ヤノ先生の著書に移りましょう。ヤノ先生はKawaii=Pinkという日本文化が西欧文化圏を侵食して世界に広がる現象を“Pink Globalization” と名付け、西欧文化圏では正反対とされるcute(かわいらしさ、女性らしさ)とcool(かっこよさ、男性らしさ)が、ポップカルチャーのキャラクターであるハローキティのなかに共存することによって日本独特のKawaii文化となり、これがJapanese cute=coolとPink Globalizationの中核をなすと考察しました。

ハローキティは株式会社サンリオが生み出す数多くのキャラクターのひとつとして1974年に生まれました。サンリオの創業者であり社長である辻信太郎のモットーはフレンドシップとハピネス、つまり「なかよし」と「しあわせ」であり、そのキャラクターは世界70カ国で販売され、2013年度の営業利益は210億円と言われています。ちなみに社名の「サンリオ」ですが、山梨県出身の友人からは「社長が山梨(訓読みでサンリと読む)の王になりたかったから『サンリオ』になった」と聞かされていましたが、HPによれば「サン」はスペイン語で「聖なる」を、「リオ」は「河」を表わすところから、「サンリオ」は文明の発祥である「聖なる河」を意味し、音感的にも国際的に通用しやすいからこう名付けたということです。

ヤノ先生によれば、こうして生まれたサンリオの主力商品であるハローキティは日本の高度経済成長期とあいまって売れ行きが増大し、1976年サンリオの海外一号店がアジア系住民の多いカリフォルニアに設立されるや、アジア初のカウンターカルチャー(反主流文化・対抗文化)のシンボルとして人気となり、元来の「女性・子ども・アジア」といったマイノリティ文化を脱して世界中でメジャーな文化として変容を遂げました。しかし、従順なアジア女性の象徴といわれるキティはフェミニストからは批判の対象とされ、同時にアートの世界でも憎悪・反逆の対象としてバッシングを受けるようになります。紆余曲折を経てきたハローキティですが、Japanese cute=coolというコンセプトが受容され、日本発のKawaiiが認知されるようになると、ヤノ先生が名付けた“Pink Globalization”が世界中を席巻するようになります。さらに2000年代に入り、マライア・キャリー、ブリトニー・スピアーズ、レディ・ガガ、ヒルトン姉妹らのアメリカンセレブがハローキティのグッズを身につけるや、その映像はあっという間に世界中に広がり、世界中の若者たちはこぞってキティグッズを手に入れようとサンリオショップに殺到することになるのです。こうして、私たち日本人がただのキャラクターと思っていたハローキティは、独特の日本文化として世界に認知されるまでになりました。ヤノ先生はアメリカで育った日系人だからこそ、日本人の気付かないKawaii文化を客観的に分析できたといえるでしょう。

もう一冊ハローキティについての本と言えば、2007年に出版された『巨額を稼ぎ出すハローキティの生態』(原題:The Remarkable Story of Sanrio and the Billion Dollar Feline Phenomenon)があります。タイトルを翻訳すると「サンリオの驚異のストーリーと何十億ドルを生み出す猫現象」となるでしょうか。著者はニューヨークタイムズ紙の記者であるケン・ベルソンとビジネス・ウィーク紙の東京支局長ブライアン・ブレムナーという二人の男性(!)。70年代に妹のかわいがっていたハローキティに関心をもったベルソンが、友人のブレムナーに持ちかけて書いた共著です。広告・マーケティング・経済分野の専門家である二人によれば、ハローキティの成功は現代のマーケティング界でも珍しいサクセスストーリーだといいます。

このように、日本人以上に日本文化に精通している外国人によるキティ論を読むと、日本人とは何か、日本文化とは何なのかというアイデンティティの根幹の部分を揺さぶられている感じがします。2020年の東京オリンピックでもハローキティはきっと大活躍するはずです。でも当のキティちゃんは、どんなに自分の顔のついたグッズが世界中で販売されようとも、消費文化に踊らされることなく、ロンドン郊外の蔦のからまるヴィクトリア朝のすてきなおうちで、パパとママと妹と猫のチャーミーと一緒に、ピアノを弾いたりアップルパイと紅茶を楽しんでいることでしょう。