大妻多摩中学高等学校

【校長室より】「バベルの塔」―神の怒りか、人間の挑戦か

「バベルの塔」― 神の怒りか、人間の挑戦か

「バベルの塔」というと1563年にブリューゲルによって描かれたウィーンの美術史美術館蔵の絵画が有名ですが、その5年後の1568年に描かれた同じくブリューゲル作オランダのロッテルダム、ボイマンス美術館蔵の絵画が7月2日まで上野の東京都美術館で公開中です。「バベルの塔」の絵画は何人もの画家が描いていますが、今回わたしたちが見ることが出来るのはウィーン美術史美術館の作品の約半分の大きさ、縦約60センチ、横75センチの油彩の絵画です。しかしこの大きさながら絵の細密さは際立っており、らせん状に10層まで建築されている塔には上の階に石灰やレンガを運ぶ滑車や作業小屋、無数の建設作業員の姿を見ることが出来ます。外側の壁面には石灰の粉で出来た白い帯、そして赤煉瓦を運んだ跡を示す赤い帯が見て取れます。

バベルの塔②

旧約聖書創世記によれば、「バベルの塔」は古代メソポタミアのバビロニア王国の首都バビロンに建設された塔とされています。創世記を要約すると次のようになります。「地球上のすべての人々は一つの民族で同一言語を話していた。人間が自らの技術力を誇って天に通じる塔を作ろうとしたために、神は人間たちの傲慢さに怒り、異なる言語を話させるようにした。そのため人間は互いに意思疎通ができなくなり、混乱して塔の建設が出来なくなった」と。ブリューゲルの「バベルの塔」の最上階がでこぼこしているのは、塔が完成しなかったことを意味しているそうです。「バベルの塔」はもともとは聖書に出てくる架空の建造物ですが、紀元前6世紀ごろにこれに似た神殿の遺跡が発掘されているそうですし、古代エジプトに建てられたピラミッドなども、人間業とは思えないような方法で石を積んでいることを考えると、この塔の建設もあながち人々の空想ともいえないようです。非現実的で実現不可能なことのたとえに「バベルの塔」という言葉が使われるようですが、「混乱」、「天罰」を表わすほかに人間の知性に対する称賛を表わすともいわれ、その解釈も幾通りもありそうです。

今回ブリューゲルの絵画を見て、描かれてから500年の歳月を経ているとは思われないような鮮明な色彩と精密さに、「神の怒り」というより、レンガを石灰で固めながららせん状に塔を建てていくという人間の技術力の素晴らしさ、神への対抗意識というより、人間のたゆまぬ挑戦を感じました。この絵は聖書の世界を描いていますが、レンガを運ぶ帆船や建築資材を上階に運ぶクレーンなどは16世紀当時使われていたものが描かれており、ブリューゲルが絵の修行をしていたアントワープが国際貿易都市として最先端の技術を持っていたことがうかがえます。ブリューゲルはローマのコロッセウムをモデルとして塔を描いたということですが、らせん状の回廊が巡っている中は空洞なのか、内部にまで細かく部屋で仕切られているのか、果たして塔の内部はどうなっているのか知りたくなります。都美術館には今回の展示にあわせて漫画家の大友克洋が描いた塔の内部の絵も展示されていますが、バウムクーヘンのように切り取られた塔の内部は中央部が吹き抜けとして描かれていました。

バベルの塔①

今回の展覧会は副題が「16世紀ネーデルランドの至宝―ボスを超えて」とあるように、最大の見所であるブリューゲルの「バベルの塔」と並んで、ブリューゲルに至るまでの16世紀ネーデルランド(オランダの正称)美術、特にブリューゲルに多大な影響を与えた奇才ヒエロニムス・ボスの代表作2点とボスの影響を受けた画家たちの絵も展示されています。ブリューゲルは正式にはピーテル・ブリューゲル一世といい、生まれた年は1526年頃というようにはっきりしていません。彼は油彩画家として当時とても人気のあったボスの画風を真似て宗教画や市井の人々の姿を諧謔に満ちた筆致で、ときには農民たちのありのままの生活などを描きました。息子や孫は彼の作品のコピーを量産して人気となり、5世代にわたって宮廷画家や風景画家として名声を残しています。15・6世紀というとイタリアではルネサンスが花開き、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロが活躍した時代といえばわかりやすいでしょう。(参考:『ボイマンス美術館蔵ブリューゲル「バベルの塔」展』公式ガイドブック、AERA Mook)

今回の展覧会は、個人的には学生の時から親しんでいたボスやブリューゲルの絵を間近にみることができ、その精緻さと奇怪さに改めて圧倒されました。薄暗い照明のもと「バベルの塔」の絵画の前では立ち止ることはできず、一ミリほどの大きさの作業員が無数にいる塔の建築現場をみるために望遠鏡を持って行けばよかったと思ったほどでした。それにしても、16世紀中頃に、当時の多言語多民族都市アントワープでこのような絵画が生まれたことには、何か特別な意味合いがあったのではないでしょうか。この絵に描かれたのは「神の怒り」なのか、「人間の挑戦」なのか。飛躍しているといわれるかもしれませんが、今回この絵を見た瞬間、現代のグローバル社会の混沌と似ていると思いました。世界各地で紛争が起き、それによっておびただしい数の難民たちが生まれています。イギリスのEU離脱、アメリカのTPP 不参加により欧米社会は統一から分断への道のりを辿っています。フランスではかろうじて親EU派のマクロン首相が誕生したものの、ヨーロッパにおける移民・難民排斥、自国第一主義の状況は加速しています。グローバル社会はいったいどこに行ってしまうのでしょうか。ブリューゲルは残虐、傲慢、貪欲といった人間の罪を描いたボスの影響を受けて、人間の傲慢と愚かさを戒める「バベルの塔」を描きました。16世紀のひとびとをはるかにしのぐ知識と技術をもった現代の人間たちが、協調と連帯とによってふたたび地球を一つに出来ないわけはないと思うのですが。