大妻多摩中学高等学校

【校長室より】ボブディラン

60~70年代、歌声は風によって運ばれた
Bob Dylan、ノーベル賞受賞:“Blowin’ in the Wind”

冬の一コマ①

公共の場所で人種隔離政策が行われていた1955年のアメリカ南部。白人女性にバスの座席を譲らなかったとして黒人女性ローザ・パークスが逮捕されると、この事件を契機に、アラバマ州モントゴメリーのマーティン・ルーサー・キング牧師の呼びかけで、すべてのバスの乗車拒否を行うバス・ボイコット事件が起きました。アメリカにおける黒人の法律上の平等を目的とした公民権運動の始まりです。 50年代から60年代にかけてアメリカ各地で活発となった公民権運動は、1963年8月28日のワシントン大行進で最高潮を迎えます。ともに1941年生まれでこの運動の支持者であったフォークソングの旗手ボブ・ディランとジョーン・バエズは、この場所で“Blowin’ in the Wind”(「風に吹かれて」)と“We Shall Overcome”(「勝利はわれらに」)を歌ったことから、これらの歌は反体制のメッセージソングとしてとらえられるようになります。
  

How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
How many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
How many times must the cannon balls fly
Before they’re forever banned?
The answer, my friend, is blowin’ the wind
The answer is blowin’ in the wind.

人は人と呼べるようになるのに、どれぐらいの道のりを歩まなくてはならないのか。
一羽の白鳩は砂浜で休息するためには、どれぐらい海を渡らなくてはならないのか。
永遠にそれが禁じられるまでに、どれぐらいの砲弾が飛び交わなくてはならないのか。
友よ、その答えは風に吹かれるままに、その答えは風に吹かれていく。

 

実際には3スタンザで構成されているこの詩ですが、前半の4行と後半の4行では内容が異なります。前半の4行は答えの出ないような哲学的な問いかけ、そして後半の4行は戦争をイメージさせるような単語が並んでいます。そして「その答えは風に吹かれている」と終わります。これはつまり「風だけが知っている」、「だれにもわからない」ということなのでしょう。ウェールズ生まれの詩人ディラン・トーマスにちなんで自らをディランと名乗ったボブ・ディランは、ウィリアム・ブレイクやロバート・ブラウニングのようなイギリスの詩人やアレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックのようなアメリカのビート詩人たちから影響を受けたと言われます。彼がこの詩を作ったのは21歳。権威に対して否をつきつけるディランのメッセージ性のあるフォークソングは、公民権運動に始まり、第二波フェミニズム、それに続くベトナム反戦運動など、アメリカの価値観が大きく変化していく60年代から70年代の若者たち、特に合理主義的価値観に疑問を投げかける反体制的ヒッピーたちから大いに支持されるようになり、政治集会やデモ行進などで繰り返し歌われるようになります。

ロックとの融合を果たしたディランのフォークソングは、60年代から70年代の高度経済成長による物質主義に疑問を呈し、自然との調和に心のよりどころを求め、人間らしく自分らしく生きるという精神性と符合し、その政治的メッセージ性と相まって世界中に広まりました。彼の歌は日本においても熱狂的に受け入れられ、ディランに傾倒する若者のグループによって同様のプロテストソングが数多く歌われました。

今年度のノーベル賞文学賞がボブ・ディランに与えられたというニュースはおそらく世界中の人々を驚かせたことと思います。「フォークソングは文学ではない」と考える人もいました。ベストセラーを何作も書いている著名作家ではなく、今でもアルバムを出したり演奏活動をしているとはいえ、70年代がそのピークだったディランが文学賞の候補に挙がっていることを私も知りませんでした。彼は今までに数々の賞を受賞、グラミー賞12回、ゴールデン・グローブ賞1回受賞しているほか、2000年にはスウェーデン国王から勲章を授与され、2008年にはピュ-リツア賞を、2012年にはオバマ大統領から自由勲章を、2013年にはフランスからレジョン・ドヌール勲章を授与されています。
グローバル化が進み、あらゆるものが人間ではなくICTに置き換えられていく現代社会においては、人々は人間としての個人の力がどこまで及ぶのか不安にかられています。富にあふれている一方で、世界の国の8割が貧困に苦しんでおり、国境なき戦闘は地球規模で繰り返され犠牲となるのは子どもと女性のような弱者です。ディランは過去の人と思っていたのは間違いでした。このような混迷した現代だからこそ、人々に人間本来の自然との共生を意識させ、己の信念に従って生きることをよしとするディランの詩と歌の普遍性がノーベル文学賞に値すると評価されたのでしょう。