大妻多摩中学高等学校

【校長室より】Youは何しに日本へ?

Youは何しに日本へ?
イギリス人女性探検家イザベラ・バードが日本で見たもの。

明治維新から11年経過した1878年、女性探検家イザベラ・バードは日本人通訳イトー(伊藤鶴吉)と共に、東京を出発して日光から新潟へ、さらに日本海側から北海道(蝦夷地)に至るまでを旅し、“Unbeaten Tracks in Japan”2巻を出版しました。直訳すると「日本の未踏の道」、『イザベラ・バードの日本紀行』(時岡敬子訳、2008、講談社学術文庫)というタイトルで翻訳されています。彼女の旅の目的は、日本を訪れた外国人はそれまでにもいたが東京から北海道まで縦断した西欧人はいなかったこと、さらに「日本人に混じって生活し、西欧人との接触による影響を受けていない地域で彼らの暮らしぶりを見た」ことにあります。この本は主にイザベラがイギリスに住む妹や友人たちに宛てた手紙を中心に構成されていますが、メイドや従者を伴った「イギリス人探検家ご一行」の日本見聞録ではなく、たった一人で日本人と起居を共にして観察した旅行記として読むことができます。彼女は「グローバル」などという言葉など全くない時代に、北米やカナダをはじめ、日本・中国・ペルシャ・チベット・朝鮮など、イギリス人からみると未開の地と思われていたアジアの諸国を探検し、旅行家として知られるようになります。イザベラはその功績により、1893年に英国王立地理学会特別会員に任命されました。

彼女は行く先々で好奇の目にさらされます。どこに行っても、何をしていても、イザベラは子どもだけでなく大人たちにもじろじろ見られ、部屋に鍵をかける習慣のない日本ではプライバシーというものがないことを悟ります。畳にふとんを敷いて寝るのは辛いだろうと、イトーは彼女に簡易ベッドを用意しますが、どの宿屋でもノミやシラミやあらゆる種類の害虫に悩まされます。舗装されていないぬかるんだ道、不快な天候、口に合わない食事など不自由な生活をしながらもイザベラは日本人と彼らの生活をつぶさに観察します。日本人は本来他人に対して親切でやさしい国民ですから、イザベラに対して興味本位ではなく親近感をもって接していきます。

村の商店の店先では魚、餅、菓子、豆腐などの食料品や、縄や傘、竹製や木製の雑貨などあらゆる日用品が売られ、店の奥では家族が生活している様子が見えます。彼女は未婚女性たちは元気ではつらつとしているのに結婚するとやつれて見えるのは、眉を剃ってお歯黒にするからだと気づきます。夕方になると家々でたらいにお湯を張ってこどもたちを行水させている音が聞こえます。まだ電気のない時代です。油を入れた行灯(あんどん)が唯一の照明器具であり、そのまわりでこどもたちはゲームや勉強を、女性たちは縫い物をします。夕食がすむと、食事をしたその部屋に布団をしいて家族が一緒に寝るのです。イザベラは日本人の家族の絆をこのような日常生活から感じ取ります。イギリスではこどもたちの生活は両親から切り離され、彼らは朝起きると乳母や家庭教師に預けられ、夜になるとベッドのあるこども部屋に行かざるを得ず、両親やきょうだいたちと共に楽しく過ごすなどということは考えられません。

Youは何しに日本へ

今でこそ政策として外国人を招き入れている日本ですが、いまから150年以上前の日本を外国人女性が一人で縦断するにはどれほどの勇気がいったことでしょう。都会ならまだしも、日本人女性ですら一人旅をするのはためらうような日本の奥地です。互いのカルチャーショックはいかばかりかと察します。最近コミック版『ふしぎの国のバード』①②(佐々大河、株式会社KADOKAWA)が出版されました。図書館にありますので講談社版とあわせて手にとって見てみて下さい。イザベラの目には「ふしぎの国」に映った庶民の生活が生き生きと描かれています。