大妻多摩中学高等学校

【校長室より】映画『奇跡の教室-受け継ぐ者たちへ』(Les Heritiers)

映画『奇跡の教室-受け継ぐ者たちへ』(Les Heritiers)

ユリ②

新任教員の熱血指導によって、問題児ばかりの落ちこぼれクラスが見違えるように生まれ変わるというのは日本や欧米の映画のストーリーとしてよくありますが、自らの体験をもとに当の生徒が台本を監督に持ち込んで映画化が実現、さらに出演もしているという映画は滅多にありません。
フランスやアメリカの映画祭でさまざまな賞を受賞した『奇跡の教室』がそれです。プロデューサー兼監督は脚本家でもあるマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール。舞台はパリ郊外クレテイユにあるレオン・ブルム高校。このレオン・ブルムという名前は3回首相を務めたことのあるユダヤ人政治家の名前。この地区は低所得層の移民が多く生活することでも知られているということです。

「わたしは20年間歴史と地理を教えてきました。皆さんを退屈させる授業はしません」

着任して開口一番こう言うアンヌ・ゲゲン先生に、最初は反抗的な態度をとる生徒たちも次第に先生の熱意に打たれ、彼女が提案した「ナチスの強制収容システムにおける子どもたちと青少年」というタイトルのコンクールにクラス全員で挑戦、みごと1位を獲得するというストーリーです。アフリカ系、イスラム系、ユダヤ系、アジア系などさまざまな人種と宗教が混在している教室ではちょっとしたことで諍いが絶えず、事件を起こして停学になる生徒も多く、成績も振るいません。落ちこぼれを指導しても労力の無駄だと言う校長らの忠告をよそに、生徒の力を信じるゲゲン先生は生徒たちをホロコースト博物館(ショア記念館)に連れて行ったり、ホロコーストの生還者レオン・ズィゲルの話を聞かせることによって彼らの心に訴えます。副題の「受け継ぐ者たちへ」というのは、自らの体験談を若者たちに受け継いでほしいと言うズィゲルの願いなのです。「レジスタンスと強制収容についての全国コンクール」とは、人権と民主主義の価値を継承するために中高生対象に1961年に創設されたもので、毎年多くの中高生が参加しているということです。

アクティブ・ラーニングという言葉が登場するずっと前から、フランスの学校では議論を中心に授業を展開してきました。生徒たちはプレゼンとディスカッションを繰り返し、最終的には一致団結してテーマに沿ったペーパーを仕上げます。「自由・平等・友愛」の国フランスらしく、生徒の服装や髪型は個性的、最後の表彰式の場面では、マイクロミニのワンピースにハイヒールの美形の女子生徒が学校を代表して挨拶をするのですが、日本の女子高生だったらスカート丈を注意されるだろうなと思っておかしくなりました。

『奇跡の教室』同様に実話に基いて制作された映画として、2007年に公開された『フリーダム・ライターズ』(The Freedom Writers Diary)があります。時はロス暴動から間もない1994年のロサンゼルス、ロングビーチにあるウィルソン高校。民族間の縄張り争いの絶えない学校に赴任してきたエリン・グルーエルは、生徒たちの中にある人種間の憎しみの連鎖を断ち切ろうと『アンネの日記』を使ってホロコーストについて教えようとします。エリン先生は生徒たちにも日記を書くように指導し、先生の熱意に応えた生徒たちは次第に本音を日記に綴るようになります。生徒たちの日記は“The Freedom Writers Diary”というタイトルで一冊の本にまとめられ1999年に出版の運びになるというストーリーです。タイトルの『フリーダム・ライターズ』というのは、公民権運動が発生した1960年代に起きたバスボイコット事件に関連して、白人と黒人が共に同じ車に乗って人種差別撤廃を訴えたという“Freedom Riders”にのっとっています。

ユリ①

両方の映画で先生が生徒を連れて行くのがホロコースト博物館です(方やパリのショア博物館、そしてロサンゼルスのホロコースト博物館。ショアとはユダヤ人大量虐殺を意味します)。ベルリンを初め世界各地にホロコースト博物館はありますが、わたしもワシントンDCを訪れた際に当地の博物館に行きました。入り口で手渡されるのはチケットの代わりにホロコーストで亡くなった子どもの名前が書かれた身分証明書(本物ではなく作り物)です。入館者はその子どもになって彼らの短い一生を辿るのです。館内はアウシュビッツ強制収容所の内部を模して作られ、収容者が住んでいたという寝棚やガス室も当時のままに再現されています。ずいぶん前のことなので記憶が定かではありませんが、展示の最後には犠牲になった人々の顔写真が壁面一面に貼られていたのを覚えています。ドイツからはるか離れたアメリカになぜホロコースト博物館があるのかという疑問、証明書の子どもになりかわって館内を見学し、ナチスによるユダヤ人虐殺をまるで見世物として扱う違和感、そういった感情はそれらの顔写真を見たときになくなり、人と人とが殺し合う戦争の空しさ、おぞましさ、そして平和の尊さの重みを感じた一時でした。

今回取り上げた2本はいずれも実話に基づいた映画であり、現代の多文化・他民族間の、ともすれば憎しみの連鎖が断ち切れない都会のスラムにおける教育の大切さ、純粋な教師と荒れているが根はまっすぐな生徒たちが作り上げる美談です。しかし、タイトルこそ『奇跡の教室』ですが、ゲゲン先生の教育は「奇跡」などではなく、生徒を信じる彼女の気持ちが彼らに伝わったからできたことなのでしょう。元々の脚本を書き、監督に手紙を送ったアハメッド・ドゥラメは生徒の一人として映画にも登場しています。当初問題児ばかりだった生徒のほとんどがこのコンクールを契機に勉強に励み、大学入学資格のバカロレアに合格したということです。中でもこのアハメッドのような若者こそ、ゲゲン先生の思いを受け継ぐ一人なのでしょう。