大妻多摩中学高等学校

【校長室より】津波てんでんこ

津波てんでんこ

2011年3月11日の東日本大震災から今年で6年目になります。大妻多摩中高では震災の翌年から被害を受けた岩手県岩泉町を訪問し、町の中学生や住民のみなさんと交流を続けています。今年も生徒会と生徒有志が防災学習のために岩泉町に出かけました。

津波てんでんこ①

「津波てんでんこ」、この言葉は昨年夏私が生徒たちと岩泉町を訪問した時に、田老町(今の宮古市)にある震災遺構の「たろう観光ホテル」を案内をしてくださったガイドさんから聞いた言葉です。「津波が起きたら、家族や友達のことはかまわず、各自てんでんばらばらに高台に逃げなさい。自分の命は自分で守りなさい。生きていれば家族には必ず会えるのだから。」という意味だということでした。
インターネットで調べてみると、もともとこの言葉は1990年田老町で開催された第一回「全国沿岸市町村津波サミット」のパネルディスカッションから生まれた言葉だということです。もともと津波の多い岩手県沿岸地域の、津波から生き延びる方法としてこの言葉は語り伝えられてきました。

このたびの東日本大震災の時に、釜石市内の児童生徒3000人全員が、教師の指示を待たずに小さな子どもたちや老人たちの手を引きながら高台に避難して助かったことが「釜石の奇跡」として大きく報道され、この言葉の重みが再確認されました。あとになってこのことは「奇跡」ではなく、日ごろの訓練のたまものだということがわかりました。しかし一方で、地震の50分後まで校庭に留めおかれた石巻市の大川小学校の児童74人が犠牲になるという悲劇が起きました。

朝日新聞朝刊にはこの4月から「てんでんこ」という新連載が始まりました。8月1日から始まった新シリーズでは「教訓を未来へ」と題して、この大川小で起きた悲しい出来事をどう未来に伝えて生かすのかが綴られています。9月1日の防災の日が近づいています。1923年9月1日に起きた関東大震災の惨事を教訓として、毎年この日には全国各地で防災訓練が行われますが、防災の日だからではなく、日ごろから避難訓練を怠らず、災害時にはどのような持ち物が必要なのか備えていたいものです。

写真は昨年撮った「たろう観光ホテル」。震災遺構として、今年4月から6階まで内部を見学できることになったそうです。