大妻多摩中学高等学校

【校長室より】ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』

ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』

『シザーハンズ』(90)、『スリーピー・ホロウ』(99)、『チャーリーとチョコレート工場』(05)、『スウィーニー・トッド』(07)など、ジョニー・デップを起用して独特の「バートン・ワールド」を生み出しているティム・バートン監督による『アリス・イン・ワンダーランド』(10)の続編『アリス・イン・ワンダーランド~時間の旅』が公開されました。前作では、ヴィクトリア朝の結婚適齢期である19歳のアリス・キングスレーが、親同士が取り決めた結婚を破談にしてワンダーランド(実はアンダーランド:地下の世界)に迷い込み、原作の『不思議の国のアリス』に登場する帽子屋・白ウサギ・チェシャ猫・太っちょの双子などおなじみのキャラクターに出会って冒険をした後に現実の世界に戻り、実業家としてアジア開拓の航海に乗り出すというところで映画は終わりました。

図書室のアリスコーナー①
図書室のアリスコーナー

続編の原題はAlice, through the Looking Glass、訳すと『鏡を通り抜けるアリス』です。原作の続編の『鏡の国のアリス』も英語ではThrough the Looking Glass, and What Alice Found Thereですからほぼ同じ、映画も原作同様にアリスが現実と左右対称の鏡の中のチェスの世界に迷い込んでさまざまな冒険を繰り広げるのだと思っていたのですがそうではなく、船長になったアリスが3年ぶりに中国からロンドンに寄港するところから映画は始まります。女性の船長などいない時代に、数隻の海賊船に追われた船の窮地を救うのはアリスの機転とリーダーシップなのです。でも冒頭から、「これがアリスの物語なの?」という疑問。確かにアリスは鏡を通って「鏡の世界」に迷い込み、おなじみのキャラクターと出会うのですが、彼女の大冒険はここではくわしく書くのはやめましょう。香港に船会社を設立したアリスと母親が、父親から受け継いだ船に意気揚々と乗船するところで映画は終わります。

続編は邦題の副題「時間の旅」でもわかるように、原作にはない時間を司る機械人間「タイム」というキャラクターが登場します。原作の『鏡の国のアリス』ではチェスのルールに従ってアリスは行動するのですが、映画では鏡の世界に迷い込んだアリスはマッドハッターの家族を探すべく、それはアリスの亡き父親に会いたいという思いでもあるのですが、過去に遡り冒険を繰り広げます。前作ではジャンヌ・ダルクさながらの鎧と剣を携えて赤の女王と戦ったアリスでしたが、今作では産業革命後の機械産業を象徴するように無数の歯車が組み合わされた城の住人である「タイム」と対峙します。「不可能を可能にする」ことが自分の役目だとアリスは言いますが、「過去を変えることはできない」と断言する「タイム」に立ち向かうには、時計工場のような彼の城の中枢に鎮座する巨大な時計の心臓部クロノスフィアを盗まなくてはならないのです。

『不思議の国のアリス』の物語を期待して映画を観に行った人は失望するかもしれません。繰り返しますが、これはティム・バートン監督の「アリスストーリー」なのです。前作で自分探しの旅に出たアリスは、今作では、自分らしく行動しながら、ワンダーランドで出会ったマッドハッターや白ウサギ、忠犬ベイヤードなど、彼女の身近にいる人々の幸せのために勇気を持って行動します。「自分らしくありながら他人のために役に立つようグローバルな世界で活躍する」ってどこかで聞いたことのあるような話だと思いませんか!

図書室のアリスコーナー②

詳しいストーリー展開はここでは書けませんが、『時間の旅』は確かにアリスが過去に遡って過去を取り戻す話でありながら、一貫しているのは「家族の物語」だとわたしは思います。ハリー・ポッターのように死んだ(と思った)家族に会いたいと切望するマッドハッター、『アナ雪』のアナとエルサのような白の女王と赤の女王の姉妹愛憎関係、そしてキングスレー家の唯一の財産である父親の船を守るべく戦うアリスと母の強い絆、そのほかにも忠犬ベイヤードの家族とチェシャ猫などワンダーランドの住人同士の強い絆など、アメリカ映画の定番である「家族の物語」が今作のテーマだと思います。夢の中でウサギの穴に落ちたり、鏡の国で冒険をするかわいい少女アリスではなく、女性参政権獲得運動萌芽期の19世紀末、自分探しから始まり、女性船長としてアジア開拓(大英帝国のアジア支配を暗示させますが)を目指すアリスの精神的にも成長した姿に、私たち女性は大いに勇気づけられます。

この作品では、中国から帰国したばかりのアリスは色も鮮やかな中国服を着てパーティに出席して参加者のひんしゅくを買います。そのほかの場面でも彼女は中国服をアレンジたようなパンツスーツや、最後に船長として船出をするときの凜々しい制服姿など、前作同様ファッションも楽しめます。また指ぬきを常にはめ、繋いだ糸巻きを体に着けたマッドハッターや、ハート型の大頭の赤の女王、エレガントな白の女王のドレスなどヴィクトリア朝のファッションが基本にありながらその斬新なデザインは一見の価値があります。またジュセッペ・アンチンボルドの絵画のように、果物で顔や体ができた赤の女王の衛兵や城の内部など細かいところに目をこらすととても面白い。アリスが鏡を通り抜けたときの部屋の様子は見た人でないとわからない仕掛けになっています。

前作ではアリスに禅問答のような質問をする青芋虫、そして今作冒頭でアリスをワンダーランドに導く青い蝶アブソレムの声を担当したのがイギリス人俳優のアラン・リックマン。「ハリーポッターシリーズ」でスナイプ先生を演じて有名になりましたが、彼はもともと舞台俳優であり、映画にも多数出演しています。私はブロードウエイの舞台で彼の演技を見たことがありますが、『時間の旅』撮影時は闘病中であり、声のみの出演が叶ったということです。リックマンの俳優としてのこれまでの偉業をたたえて、エンドロールに彼の名前が大きく映し出されました。