大妻多摩中学高等学校

【校長室より】七夕祭り

「七夕祭り」、裁縫技芸の上達を祈る日

 

高3の教室の前にある七夕飾り。願い事も真剣です。①
高3の教室の前にある七夕飾り。願い事も真剣です。

 

多摩中高では七夕が近づくと、生徒会がご近所の竹藪から竹を分けていただいて中高棟玄関に運び、生徒たちは思い思いに願いを書いた短冊を下げて飾ります。

七夕⑤

日本の伝統行事を重んじる大妻多摩中高では「ひな祭り」や「七夕祭り」のような四季の行事を大切にします。大妻コタカ監修『礼儀作法』の「国民の祝日と年中行事」には、お正月の作法、節分、ひな祭り、母の日とならんで七夕祭りについて書かれています。(前にも書いたように、毎年母の日には生徒会が、大妻学院の「お母様」である大妻コタカ先生にお花を捧げます。)

七夕祭りは次のように書かれています。
「七月七日は五節句の中の七夕祭りです。星祭り、乞巧奠(きこうでん)、織女祭とも言います。中国の古い伝説に、天帝の娘織姫星は機織りが上手で、その賞として牽牛星と結婚が許されましたが、織姫星は夫の愛におぼれ、機を織らなくなったので、天帝は怒り、二星を天の川をさしはさんで別居させました。」 なんと機織りをしなくなった罰に、二人は別居させられたのですね。しかし、鳥のかささぎがこの二人の運命を気の毒に思い、一年に一度七月七日だけ二人を会わせるために、羽を広げて織姫星に天の川を渡らせたそうです。

現在の七夕祭りは思い思いの願いを書いた短冊を笹の葉につるすというのが一般的ですが、大がかりになると、仙台の七夕祭りが有名です。

同じく『礼儀作法』によれば、当日は「庭先に机をだして、花を立て、香をたき、瓜とそうめんを供え、五色の糸を通した針をこれに添える。一方竹の枝に五色の色紙をつるし、これに「天の川」だの「七夕姫」、また百人一首を書いて、軒先に立て、家族そろってそうめんを食べる風習になっています。」重要なのはその後に書かれていることです。この本によれば、七夕の日は天の川を挟んで別居させられた織姫星を思って「女子は裁縫技芸の上達を祈る」のだそうです。

調べてみますと、七夕祭りが盛んになったのは江戸時代、寺子屋が普及した頃から七夕祭りには女子は手芸を、男子は手習いの上達を願い、歌や書を書いた短冊で竹を飾ったそうです。裁縫学校を始められたコタカ先生は織姫星に思いを寄せて、五節句の中でもとくに七夕祭りを大切になさったことでしょう。

七夕① 七夕② 七夕⑥

★ミ

短冊を楽しむ学生たち。

七夕③七夕④