大妻多摩中学高等学校

【校長室より】『アリス・イン・ワンダーランド』(『不思議の国のアリス』)

『アリス・イン・ワンダーランド』(『不思議の国のアリス』)

ジョニー・デップがマッドハッター(madhatter: 気の狂った帽子屋)を演じる『アリス・イン・ワンダーランド/ 時間の旅』が7月1日から公開されています。監督は前作同様ティム・バートン、『アリス・イン・ワンダーランド』から6年の時を経た続編。前作は原作『不思議の国のアリス』から13年後のアリスが19歳になったときの冒険で、アリスが知らない間に計画された彼女の婚約パーティから逃げ出して、幼い頃に訪れた「ワンダーランド」に再び迷い込むというストーリーでした。

みなさんが最もよく知っている『アリス・イン・ワンダーランド』は、ディズニーアニメの『不思議の国のアリス』(1951)でしょう。ブルーのワンピースに白いエプロン、ブロンドヘアにリボンを結んだアリスとチョッキを着て懐中時計を持った白ウサギ、そしてピンクのストライプのチェシャ猫、ディズニーランドでもおなじみのキャラクターです。そしてアリスといえば、英国のオックスフォードにある「アリスショップ」や東京の「水曜日のアリス」などの店のさまざまなアリスグッズも大人気です。ディズニーアニメは子供向けにかわいく描かれていますが、実は『アリス・イン・ワンダーランド』は、知れば知るほど奥の深いファンタジーなのです。

図書館ではアリス特集の展示もあります。①
図書館ではアリス特集の
展示もあります。

みなさんは原作者ルイス・キャロルが数学の先生だったことをご存じですか?彼の本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドジソン(1832-1898)、『不思議の国のアリス』の著者としてだけでなく、数学者、論理学者、写真家としても有名です。時はイギリスのヴィクトリア朝(1837-1901)、産業革命後のイギリス経済の最盛期であり、文化・芸術などの黄金期としても知られています。上中流階級の生まれのドジソンは、オックスフォード大学のクライスト・チャーチ・コレッジを優秀な成績で卒業した後に数学講師となり、26年にわたって母校で教鞭をとりました。『行列式初歩』、『記号論理学』、『ユークリッドと現代のライバルたち』、『アルファベット暗号法』などを著しています。趣味は当時まだ珍しかったカメラを使っての写真撮影。彼は純粋さを残した少女たちの写真をたくさん残しています。クライスト・チャーチ学寮長リデルと親しくなったキャロルは、リデルの幼い三人娘を伴ってボート遊びやピクニックに行ったり、物語をしてあげたり、写真を撮ったりしています。なかでも彼にお気に入りは次女のアリス。キャロルはアリスが10歳になったとき彼女にせがまれて自らの挿絵付きで『不思議の国のアリス』を書いて彼女に献呈しています。

ヴィクトリア朝では、男の子は学校に通って教育を受けましたが、リデル家の姉妹のように知的階級の経済的に恵まれた少女たちは学校に行かずに、家庭教師の指導のもとで読書をしたり絵画や音楽などの芸術、社交界に出たときのマナーなどを家庭内で学びました。年頃になると少女たちは身分と財産の釣り合う家の子息と結婚して家を継ぐことが当たり前、結婚後は家事は家政婦に、子どもの教育は家庭教師にまかせ、「家庭内天使」として神聖な家庭を内から支え、社交や慈善活動に明け暮れました。人生における最大の目標はよい相手と結婚することであり、結婚していない女性は家庭教師などになって少女たちを教える役割を与えられました。(ジェーン・エアやメアリー・ポピンズのように)原作のアリスは挿絵からもわかるように、当時の女性が着用していたコルセットやクリノリン(円錐状のペチコート)を着けずにワンピースを着ていることから、10歳前後の「こども」であることが明らかです。

「大変だ! 急がなくちゃ」と時計を見ながらひとりごとを言って通り過ぎるウサギを見たアリスは、彼を追っかけるうちワンダーランドに通じる穴に落ちて、現実世界にはあり得ないさまざまな冒険をします。教養もあり賢く用心深いアリスですが、「私を飲んで」とラベルの付いた瓶の中身を飲み干したり、「私を食べて」と書かれたクッキーを食べては身長が伸び縮みすることに驚き、「首を切れ!」と叫ぶトランプの女王やにやにや笑いながら姿を消す不思議な猫に出会います。「なぞなぞ」、「ナンセンス」、文字を入れ替えて別の単語を作る「アナグラム」は日常茶飯事、さらに続編『鏡の国のアリス』の世界では、文字は鏡に映さないと読めない「鏡文字」で書かれており、前編のトランプの国の代わりにチェス盤の上で事件が繰り広げられます。ここでもまた絶滅したドードー鳥や伝説上のグリフォン、偽ウミガメ、長い首と尾をもつジャバーウォクなどの不思議な動物が登場します。

『不思議な国のアリス』では、アリスは様々な冒険のあと夢から覚めるという設定になっていますが、作者キャロルはどのような意図でこのアリスの世界を作り出したのでしょうか。アリスは決して人の言いなりにならず、自分の持っている知識と経験で様々な難局を乗り越えていきます。怖い物知らずの彼女は行動派のおてんば少女、当時理想とされた純粋無垢なだけの「こども」ではありません。キャロルはリデル家の幼い姉妹たちに、大人になって結婚したら得られない奇想天外で自由な世界を見せることによって、いつまでも冒険心旺盛な女の子であり続けてほしいと願ったのではないでしょうか。

ティム・バートン監督の『アリス・イン・ワンダーランド』は映像の美しさでいくつもの賞を取っていますが、内容は原作に沿っているものの、原作のその後のアリス、大人のアリスの冒険を描いており、原作とは別物です。当時の時代背景や女性の地位などを考慮して見るとさらに面白いと思いますが、映画を見る前にまず原作をお読みになることを薦めます。