大妻多摩中学高等学校

【校長室より】三番町のコタカさん

『三番町のコタカさん』大妻高校在学中に、朝礼で大妻コタカ校長の訓話を聞いた経験のある工藤美代子さんが、『三番町のコタカさん:大妻コタカ伝』を出版なさいました。『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞した工藤さんは多くの著書があり、ノンフィクション作家としても知られています。

『三番町のコタカさん』は、コタカが大妻良馬という男性を紹介され、その出会いがお見合いであることも気づかないまま、お化粧もそこそこにあっという間に結婚式に至ったという劇的エピソードから始まります。時は遡り、広島から上京したコタカは、和裁だけでなく洋裁にも優れ、人に先んじてなんでもこなすバイタリティでいくつも免許を取得したのちに教員になります。
結婚後、裁縫と手芸の私塾を開いたコタカは良馬の支えにより、大妻学院のもととなる「大妻技芸伝習所」を開設します。第二章以降は「『女性が輝く』先駆けとして」、「『良妻賢母』は古くならない」、「良馬の死を乗り越えて」、「戦禍をくぐり抜け、再建へ」と続きます。最終章「学長の名は『三番町のコタカさん』」では、1966年、大妻学院の創立60周年祝賀会が日本武道館で盛大に行われた翌年の正月3日、コタカが85歳で亡くなったことが記されています。そしてこの本は、「コタカは私財をすべてつぎ込み、みまかっていった。大妻学院と数万を数える卒業生だけを残して。」という文章で締めくくられています。

工藤さんは、教育に対する価値観が大きく変貌した今、「何を指針にして、わが子を教育したらよいのか、多くの教師や親が戸惑っている。そのようなときこの小文から、けっしてぶれずに女子教育の礎を築いた大妻コタカの生涯をたどって、現代から未来を生き抜く糸口をみつけてもらえたら、望外の幸せだ。」と書いています。
工藤さんは高校生のころ、勉強をすることの意味がわからず、毎日がむなしく、世の中が理不尽に感じられたといいます。小説を読むことが大好きだったという工藤さんは、先生や大人の言うことに素直になれない、同級生よりませた少女だったのでしょう。当時は「愉快なおばあさん」と思っていたコタカ校長が教えてくれたのは、ごく当たり前の常識だったことに今気づかされたと工藤さんは書いています。

この本は、中高生向けにも読みやすく書かれています。コタカ先生の建学の精神を受け継いだ大妻多摩中高の生徒のみなさん、そして保護者のみなさんにも是非読んでいただきたい一冊です。