大妻多摩中学高等学校

【校長室より】『図書館戦争』と『華氏451度』

SF作品に与えられる星雲賞の日本長編作品部門受賞作を2008年に受賞した有川浩作『図書館戦争』が実写映画化され好評公開中です。生徒のみなさんは榮倉奈々演じる笠原郁と岡田准一演じる堂上篤のやりとりが気になるところだと思いますが、実はこの物語は言論の自由に関する深い問題を扱っているのです。原作は、1954年に採択され、79年に改訂された「図書館の自由に関する宣言」からヒントを得たとされ、小説の枠組みはこの宣言にもとづいています。この宣言は、図書館は知る自由をもつ国民に資料と施設を提供し、資料収集・資料提供の自由を有し、利用者の秘密を守り、すべての検閲に反対し、図書館の自由侵害に対して団結して自由を守ることから成っています。

 

図書館戦争
『図書館戦争』

 

『図書館戦争』は近未来小説にみえますが、現代日本のパラレルワールドとなる2019年の日本に時を設定しており、そこではメディア良化委員会の監視の下に表現の自由が厳しく制限され、これに反すると武力によって弾圧が行われますが、公共図書館はこの弾圧に対抗しようとします。ストーリーは、図書検閲を実行する良化特務機関と、これに対抗する図書防衛隊との「戦争」を壮大なるスケールで描いていますが、全体主義的弾圧に立ち向かう図書防衛隊の正義を描いたSF小説というより、かっこいい制服に身を包み、武器を携帯した双方の隊員たちの戦闘と、女子図書隊員と上官の間の恋愛小説の要素が強く、軽妙な会話が読者層を増やしたと言えるでしょう。

この作品はまず小説として人気を博し、その後マンガやアニメになり、さらに実写映画化されましたが、図書の検閲に関する内容と聞いて真っ先にわたしの頭に浮かんだのは、レイ・ブラッドベリー作『華氏451度』(1953)でした。『図書館戦争』の中でもこの作品のことが言及されていますが、『華氏451度』とは書物の自然発火点の温度を示します。この小説では、人々に有害であると認められた書物は全て焼かれ、一般市民はテレビやラジオなどで同じ情報を耳や目を通して昼夜浴びせられる事により非人間化され、市民同士が密告しあう社会が築かれていきます。そんな中、焚書係官(危険思想が記されている本を摘発して焼却処分する役人)の男性が自らの仕事にしだいに疑問を抱いていくというもの。アメリカの小説家ブラッドベリーは1950年代にアメリカで吹き荒れたマッカーシズム(共産党狩り)を念頭に置いてこの本を書いたとも、テレビによる文化の破壊を想定していたとも言われます。もう一つわたしの頭に浮かんだのがイギリス作家ジョージ・オーウェルの『1984』(1949)、この作品は全体主義によって統治され、市民の自由な権利がすべて剥奪されている恐怖国家を描いていますが、『華氏451度』のように出版当時の反共政策を表していると言われています。(タイトルの『1984』の8と4を逆にすると執筆当時の1948年になります。)

一読すると現代の若者用語が飛び交い、ライトノベルとアクション小説という正反対の要素をもっている『図書館戦争』は、知識の宝庫である図書館に暴力も辞さない軍隊が介入するというあまりにかけ離れた発想である上に、背景に表現の自由と検閲という現代メディアの重要課題が突きつけられている点が、多くの読者をひきつけたのでしょう。