大妻多摩中学高等学校

【校長室より】『ライオン・キング』と演出家ジュリー・テイモア

【済】『ライオン・キング』(1997年)
『ライオン・キング』の
アムステルダム劇場における
初演。(1997年)

「ナーンツィゴンニャーマ・バギチー・ババー」(Nants ingonyama bagithi baba)、呪術師のラフィーキの叫び声が合図となって、アフリカ先住民の音楽とともに舞台に、そして劇場後方からも、バルコニー席からも、サバンナの動物たちがつぎからつぎに登場して、『ライオン・キング』の幕が開きます。舞台も、1階から上階の客席も、劇場全体がサバンナの動物たちで埋め尽くされます。象、チータ、キリン、シマウマ、ガゼルの群れ、色とりどりの鳥たち、ハイエナにイボイノシシ、そしてサバンナの草木も踊りに加わります。

1994年に公開されたディズニー映画『ライオン・キング』のミュージカル版『ライオン・キング』は1997年にニューヨークのアムステルダム劇場で幕を開け、1998年のトニー賞ミュージカル部門で最優秀作品賞を含む6部門で受賞、オペラや仮面劇の演出でも活躍していた演出家ジュリー・テイモアが女性初の最優秀演出賞を受賞、衣装賞もあわせて受賞しました。ブロードウェイでは2015年の現在までその公演は続いています。また日本では劇団四季が1998年から公演を開始し、2015年の7月15日で公演回数は10000回を超えました。

16歳でフランスに留学してパントマイムを学んだテイモアは、帰国後大学でフォークロアと神話を専攻、ニューヨークでは人形劇のワークショップなどにも参加しています。彼女は1975年に奨学金を得て東欧、インドネシア、日本などで影絵・仮面劇・人形劇などを研究し、インドネシアでは劇団を結成して仮面劇や舞踊劇を上演しました。テイモアの20年以上にわたる人形劇や仮面劇の実績が、ディズニー映画を超えたミュージカル『ライオン・キング』で実を結んだといえるでしょう。

最近のブロードウェイ
最近のブロードウェイ

でもだれが、ディズニーアニメがあのような素晴らしい舞台になると予想したでしょうか。主人公のムファサはサバンナの王にふさわしい威風堂々とした被り物、彼の妻サラビは女性らしい丸みを帯びた被り物、そして息子のシンバと幼友達ナラは若々しい被り物、悪役のスカーにはその名前と役柄にふさわしい傷跡のある被り物を頭の上に着けています。アフリカのサバンナに生息する動物たちが登場するといっても、着ぐるみなどではありません。それぞれの動物たちが、その形態と特性を生かした姿形をして登場します。日本をはじめアジアの国々の人形劇や仮面劇からインスピレーションを得たとはいえ、テイモアはこの舞台で彼女独特の世界を創りだしました。

20世紀初頭から芸術の一分野として脚光を浴び始めたアメリカ演劇は、20年代に巨匠ユージーン・オニールを生み、50年代に入ってテネシー・ウィリアムズとアーサー・ミラーという二大劇作家の活躍によって開花しますが、もともとは白人男性劇作家の作品が主流であり、女性劇作家が活躍し始めるのは70年代の第二波フェミニズムのあと、実際には80年代以降といえます。そしてテイモアが演出賞を獲得した1998年は女性が活躍をした画期的な年といえるのです。トニー賞劇部門ではフランス人女性劇作家ヤスミナ・レザが最優秀作品賞を受賞、ピューリッツァ賞でも女性劇作家ポーラ・ヴォーゲルの作品が最優秀作品賞を獲得し、劇作、演出、舞台美術、振付、プロデュースの部門でも女性が大いに活躍した年になり、これ以降、女性たちは力強く、しなやかにアメリカ演劇を牽引する立場を担っていきます。20世紀を超え21世紀になると、かつては少数派として演劇界の隅に追いやられていた女性たち、そして有色(白人ではなく顔色の浅黒いアフリカ系、ラテン系という意味)の女性たちが白人男性と肩を並べて活躍していきます。

「生命の循環」(Circle of Life)という万物の普遍のテーマをかかげた『ライオン・キング』は、アフリカを舞台に、被り物や仮面を着けたり動物の姿かたちをかたどった衣装を身に着けることにより、欧米だけでなくアジア諸国、世界中で公演が可能です。つまり、『ライオン・キング』はアメリカ発のミュージカルであっても日本人が演じることの違和感がまったくありません。1回目に観る時には父王の死を乗り越えて立派に成長するシンバの力強さ、「生命の循環」に感動し、2回目に観るときには個々の動物たち、舞台の隅々まで目を凝らし、どのように舞台が作り上げられているのか見るのもよいでしょう。

あの1997年冬、ディスニーの長編アニメが舞台化されたと聞いて、わたしも真っ先にブロードウェイの初演の舞台を観に行きました。それから日本でも何度か公演を観ましたが、初めてこの舞台を観た時の、客席通路に動物たちが登場して舞台に上がっていくときの、あの劇場全体を包み込むような興奮は今も忘れられません。

ちなみに、オープニングの「ナーンツッゴンニャーマ・バチギー・ババ―」とは、ズールー語で「父ライオンがやってきた」という意味だそうです。