大妻多摩中学高等学校

Ms. Yamane Down Under〔第7回〕

Ms.Yamane Down Under

第7回「オーストラリアの先住民」 

みなさんはシドニー・オリンピックを覚えているでしょうか…と書き始めて、今の中高生は当時まだ乳幼児であるかもしくはまだ生まれていないのだと気がつきました。早いもので、シドニー・オリンピックから15年が経とうとしています。

さて、このオリンピックではキャシー・フリーマンというオーストラリアの陸上選手が注目されました。彼女は聖火をともし、また、400m走で金メダルを獲得したのですが、注目されたのはそれだけが理由ではありません。通例、金メダルを獲得した後のトラック一周の際に自国の旗を持つのですが、フリーマン選手はオーストラリアの国旗だけでなく、次のような旗も身にまとっていました。

 

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フリーマン選手が持っていた旗

(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/fr/thumb/3/3f/Australian_Aboriginal_Flag.svg/1000px-Australian_Aboriginal_Flag.svg.pngより)

 

 これはアボリジニという民族の旗で、黒はアボリジニの人々を、赤は赤い大地を、黄色は太陽を表しています。フリーマン選手は白人とアボリジニの混血で、誇りを持って二つの旗を掲げました(この行為自体はオーストラリアで議論を巻き起こしましたが、ここでは割愛します)。第7回は、オーストラリアの先住民であるアボリジニの歴史について紹介します。

連載第3回でオーストラリアの歴史について紹介したときに、“キャプテン・クックが「発見」…”と書きました。あえて「発見」という言葉に鉤括弧をつけたのは、西欧人がオーストラリアに上陸するよりもずっと前からアボリジニの人々がオーストラリアに辿り着いていたからです。彼らは少なくとも5万年前に南アジアから渡ってきたとされており、様々な部族をつくり、主に狩猟採集の遊牧生活をしていました。「アボリジニ」は後から渡来したヨーロッパ人が彼らにつけた呼び名です。 

18世紀末の西欧人の到来はアボリジニの生活に大きな影響を与えます。疫病によってアボリジニの人口は減少し、また、土地の多くが奪われました。20世紀前半には、先住民族と白人の混血児童に白人のもとで教育を与える政策が行われ、「盗まれた世代 (the stolen generation)」と呼ばれる多くの児童が家族から引き離されました。

20世紀半ばからは、徐々に先住民の権利が確立されていきます。1962年には初めて投票権が、1967年には国民投票による圧倒的賛成の結果、オーストラリア国民としての市民権が、1972年には先住民の土地所有権(先住権限)が認められました。さらに2008213日には、連邦議会において「盗まれた世代」に行われた政策に関して政府が初めて公式に謝罪しました。少しずつではありますが、先住民と非先住民の強い信頼および相互尊重のための取り組みは今も続いています。

現在、アボリジニの人々の多くは都市部に住んでいますが、内陸部や遠隔地のコミュニティーで伝統的な生活様式を維持している人々もいます。次回はオーストラリアのアイデンティティーを形成する大切な要素ともなっているアボリジニの文化について紹介します。

 

備考

1)シドニー・オリンピックの開会式はオーストラリアの歴史を紹介するとても魅力的なものでした。興味のある人は
“Sydney Olympic opening ceremony”などで検索してみましょう。

2)オーストラリアにはトレス海峡諸島民という先住民族もいます。彼らは約1万年前にオーストラリアとパプワニューギニアの間に位置するトレス海峡諸島に定住しました。

3)実話を題材とした映画、『素足の1500マイル』(原題 Rabbit Proof Fence(うさぎよけのフェンス))を見ると、「盗まれた世代」についての理解が深まります。

 

 


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