大妻多摩中学高等学校

Ms. Yamane Down Under〔第4回〕

Ms.Yamane Down Under

 

第4回「多民族・多文化国家への道」 

 

 先日、週に1回開かれるウロンゴンの市場を訪れました。地元の方々が、自分たちで生産している食物(野菜、果物、お肉、乳製品、加工品など)や、芸術作品を販売していました。また、色んな国の料理の露店も多かったです。

 

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トルコ料理。
私の好きなバグラヴァも!
ベトナム料理。
生春巻きが美味しそう。
東南アジア+インド料理?
私はここで昼食を買いました。

 

 

 この市場に限らず、街を歩いていると、様々な国の料理のレストランやファストフード店に遭遇します。(あういえお順に)インド、韓国、タイ、中華、日本、ネパール、ベトナムなどのアジア系のものから、イギリス(フィッシュ&チップスなど)、イタリア(ピザ屋さんが多い)、ドイツ(シュニッツェルのお店)、トルコ(ケバブが多い)などヨーロッパ方面のお店を見かけました。もちろん、アメリカ合衆国の有名なファストフード店もたくさん進出しています。

 

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日本食のファストフード店。
Udong(うどん)の綴りが斬新。なぜかビビンパもある。

 

 

 それぞれの国の料理の店員は、その国の出身者とは限りません。複数の国の料理が同じ店扱われていることもあります。また、「~料理」というお店はあまり見かけませんが、ギリシャ、レバノン、インドネシア、太平洋諸島の出身者も多いそうです。第4回目は、なぜオーストラリアには様々な国の出身者が多いのかを見ていきましょう。

19世紀のゴールドラッシュ(第3回参照)がきっかけで、オーストラリアには白人以外の移民も増えました。人種間での対立も増え、その対策として1901年に政府は「白豪主義」をとります。これは白人以外の移民を制限するものでしたが、徐々に白豪主義は問題視され始めます。第二次世界大戦中には、様々な国からの難民がオーストラリアに来ましたが、そのうちの非ヨーロッパ系の人々も数多くが移民として認められました。1973年に白豪主義は完全撤廃され、現在、オーストラリアは世界で最も積極的に移民・難民を受け入れている国のひとつとなっています。

2011年のオーストラリア国勢調査によると、オーストラリアには海外出身の国民が27%、両親の少なくとも一人が外国生まれの国民が20%もいます。残りの53%の国民は両親が二人ともオーストラリア生まれですが、そのうちのほとんどは19世紀~20世紀のイギリスやアイルランドからの移民の子孫です。一方、近年はアジア、中東、太平洋諸島などからの移民が増えています。ちょうど昨年度の高校1年生が受けた最後の模試で「オーストラリアの移民の出身国の変遷」についての長文が出題されていましたが、現高2の皆さん、ぜひまた読んでみてください。関心のある人は国勢調査にも目を通してみましょう。英語でグラフの読み取り練習ができますよ
(HP: http://www.abs.gov.au/ausstats/abs@.nsf/Lookup/2071.0main+features902012-2013)

 


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