大妻多摩中学高等学校

キプロスを旅する①

先日、キプロスを旅行しました。
みなさんキプロスと聞いて、どこにあるか分かりますか?地中海の東端に浮かぶ島です。
もう少し知っている人なら、「キプロス紛争」という言葉を思い浮かべるかもしれません。

キプロスは1974年のキプロス紛争以来、北の「北キプロス・トルコ共和国」(トルコ系住民が住む)と、南の「キプロス共和国」(ギリシア系住民が住む)に分断されたまま、現在も未解決です。

島の東西を貫いて走る南北の境界線には緩衝地帯(グリーン・ライン)が設けられ、現在も国連平和維持軍及びイギリス軍が駐留しています。現在、世界中で北キプロスを国家として承認しているのはトルコだけ。もちろん日本も承認していません。(ということは北キプロス側で事件や事故に巻き込まれると日本政府の助けは期待できない。)世界じゅうのほとんどの国は南キプロスを正式な国家として承認しています。

今回は北キプロスから入国し、首都のレフコーシャヘ。この街は城壁に囲まれた歴史ある街なのですが、その街のど真ん中を緩衝地帯の壁や鉄条網が分断しています。まるでベルリンの壁です。今回はレフコーシャの北キプロス側から南キプロス側へ行き、そこで宿泊して、また北キプロス側へ行ってトルコへ戻るという予定。

壁を越えると緩衝地帯、さらにその向こうが南キプロス
壁を越えると緩衝地帯、さらにその向こうが南キプロス

 
街中、至る所にトルコ国旗と北キプロスの国旗(ほとんどトルコの国旗を赤白反転させただけ)が並んで掲げられ、ジャーミィの中の説教壇にまで両国の国旗があり、少し違和感を感じます。トルコとは別の国(という建前?)なのに、アタテュルクの銅像まであります。使われている通貨もトルコ・リラ、言葉もトルコ語。
ここまでいっしょならトルコに併合してしまった方がいいんじゃないかとまで思えてきました。

北キプロスで印象的だったのは、14世紀のゴシック建築の教会をジャーミィにした「セリミエ・ジャーミィ」
外見はキリスト教の教会そのものなのに中はイスラム教のジャーミィ。これほどまでに露骨な合体は、キプロスの歩んで来た歴史を如実に物語っている気がしました。

ゴシック建築の教会に、ジャーミィのミナレット(尖塔)が
ゴシック建築の教会に、ジャーミィのミナレット(尖塔)が

 
また最終日に南キプロスから北キプロスへ入るとあちこちの建物にトルコ国旗と北キプロス国旗の特大サイズが…。
こういう時はだいたい何かの祝日なので調べてみると、今日は「ザフェル・バイラム」。第一次世界大戦後にトルコに侵入してきた連合軍(中心はギリシア軍)が敗走した日だそうな。
トルコの祝日なのに、北キプロスでも同じように祝っているとは。やはりギリシア系住民と対立している北キプロスだけあります。

右がトルコの国旗、左が北キプロスの国旗
右がトルコの国旗、左が北キプロスの国旗

 
最後に誤解のないように言っておくと、キプロス紛争は現在も未解決ですが、融和のムードが年々進み、危険な要素はほとんどなく、多くの観光客も訪れるリゾート地、観光地となっていることを付け加えておきます。