大妻多摩中学高等学校

【留学便り】ドイツ便り<8月>

高校3年生の森田さんが7月下旬から一年間の予定でドイツに留学しています。
ドイツからの報告書が届きましたので、どうぞご覧ください。これから毎月一回、レポートを届けてもらう予定です。

<PDF版はこちら>

 

 

ドイツ便り 8

 

こんにちは、大妻多摩高校三年の森田です。私は今、国際ロータリー第2750地区青少年交換の派遣生としてドイツにいます。722日に日本を出発して早くも派遣生活が一ヶ月以上過ぎました。このレポートで私がドイツで発見したものや感じたことをお伝えします。遅くなりましたが、今回は8月のことを書きます。

まずは私が今住んでいるGoslarという町を紹介します。今でこそ小さな地方の町ですが昔は鉱山で栄え皇帝が住んでいたこともありました。旧市街が世界遺産になっていますが知名度はあまり高くないようで、観光地らしいごみごみした感じはありません。いわゆる穴場スポットです。ホストパパが町のことをよく知っていて色々教えてくれます。建物が古く遠くから眺めると緩やかにゆがんでいたりします。今通っている学校から歩いていけるので、ときどき放課後に一人ぶらぶら歩きに行っています。ガイドブックには「小さい町なので一日で周れる」と書いてありますが、細い道に入ってみて真っすぐではなくてもどっしりと残っている建物の姿を見るのは飽きません。

ドイツ便り8月① ドイツ便り8月②

(左、Kaiserpfalz 皇帝が住んでいたところ)

(右、この建物はあまりにも道に反り出していてみんな見上げています)

 

日本の学校について聞かれるとき、たまに大妻多摩の制服で友達と写っている写真を見せます。クラスメートに、みんな同じ服と靴と靴下を着なきゃいけないだと伝えると、「そのほうがいい」と言いました。今の学校は服装やアクセサリー、毛染めに関して決まりがないので気楽でいいなあと思っていたのでびっくりして理由を聞くと「“クール”な服を着てないと友達付き合いに困るから」と。一見すると日本に比べてドイツの学生って自由な印象を受けますが、見えないルールに従っているというか、考えた事はなかったけれど自由だと選ぶのが大変になって窮屈さを感じることもあるのかなと思いました。

不定期に学校でやっている移民、難民の生徒向けのドイツ語のクラスに混ざって勉強します。初回の授業で話す練習を兼ねた自己紹介をした時、クラスメートが「このままドイツにいたい。シリアは戦争をやっていて家がないし勉強もできないから」「私は戻りたい。家族はシリアにいるから」といったことを、真剣な表情ではあるものの辛いことを深刻に話すような雰囲気ではなかったのに驚きました。そういう話は本人たちが進んで話す内容ではないどころか、話題にしたくないものだと思っていたからです。しかし、将来自分がやりたいことを話すという点では私が「来年日本に帰ったら大学で勉強したい」というのとあまり変わらないのかもしれません。

ドイツ便り8月③

(先生が授業に来なくて暇になった時、アフガニスタン出身のMashataが書いてくれたペルシャ文字、上は日本で下はアフガニスタンと読みます)

 

平日でも2時には家に帰れるので自由に使える時間がたくさんあります。そこで今はドイツ語がまだまだできないので放課後に多くの時間を語学学習に充てているのですが、それを見てホストママが「真面目」だと言います。真面目だと言われたことは今までの人生ほとんどないどころか、日本でクラスメートと比べたら自分は確実に不真面目の部類に入る人間だと思っていたので驚きました。でも同じ学校にいるアメリカ、チリ、アルゼンチンからの派遣生やホスト弟に比べたら確かに私は真面目かもしれません。基準の置き所って色々あります。あと、自分のクラスの授業が全部中止になったもののドイツ語クラスはあったので2時間だけ学校に行った日がありました。その授業はマストではなく行かなくても全く問題ないので、ホストママが「典型的な日本人だね」と笑っていました。ただそのクラスは先生と生徒が暖かくて好きで行っているので、勤勉だから行くのとはちょっと違う気がする、と何とか弁解じみたことを言っておきました。

読み返してみると主に学校の事を書いたような感じがするので、次回は学校の外のことを紹介しようと思います。お楽しみに、Tschüss!

森田